第2話 宝石は脱出を目指す

 魔力暴走による空間転移。辛うじて干渉し、転移距離を縮めると同時に「自分以上の体積がある空間」かつ「地面のすぐ上」に転移するように条件を追加したイアリア。どうやらそれには成功したらしく無事立ったまま、どこかに埋まったりはしていなかったようだが、地下だとは思っていない。

 距離を縮める時に、上下の座標がずれたかしら。などと呟きつつ、イアリアはまず自分の事をチェック。体調と荷物のどちらにも変化がない事を確認して、内部空間拡張能力付きの鞄……マジックバッグから、ランタンを取り出した。

 内部にロウソクを立てるタイプのそれを灯りとして、まず足元を照らし、次に自分の上の方を照らし、周辺を確認した。


「炎が揺れる事も無いし、空気は清浄と言っていいかしら。とりあえず、前後のどちらに進むべきか、だけれど……」


 そう呟き、イアリアはしばらく耳を澄ませる。ロウソクが燃えていく小さな音以外には何も聞こえない。それを確認してから、イアリアはランタンからロウソクを取り出して、地面に置いた。

 少し離れて様子を見ると、その炎は本当に僅かだが、イアリアが転移してきた場所から見て前へと傾いている。つまり、後ろから風が吹いている、という事だ。

 その流れがあるからこそ空気が清浄なのだろうし、外に通じているという事だ。流石にこんな地下では現在位置も分からない。イアリアはロウソクを回収して、改めて周囲を確認した。


「とりあえず、せめて空が見える場所に移動してからの話ね」


 空気の流れがあるなら、その流れる元へ向かえば外に出れる。少なくとも、外に繋がっている可能性は高い。なので出来るだけ早く脱出する為に移動を始めるイアリア。歩きにくく視界は悪いが、しっかりと装備を揃えた状態だった事もあって特に問題は無かった。

 そもそもイアリアは、グゼフィン村に来る時点で魔力暴走に巻き込まれて転移させられている。そして今回も「また」だ。だからこそ干渉が出来た訳だが。


「……にしても、続いたわね」


 その魔力暴走というのも、イアリアがサルタマレンダ伯爵に引き取られる前、最初に平民から養子になった貴族……マケナリヌス男爵によるものだ。そしてイアリアの記憶にある限り、このマケナリヌス男爵というのは貴族でありながら魔力を持たない、ただの人間だった。

 まぁ両親が魔法使いであっても子供が魔法使いである確率は3割程度だ。ほとんどの貴族はただの人間である。世代を1つ飛ばして魔法使いが生まれるという事もよくあるので、それ自体は珍しい事ではない。

 ただ。魔力を持たないただの人間が、突然膨大な魔力を暴走させ、それによって転移させられる。あり得ない上に確率の低い事が2度も重なれば、流石にただの偶然だとは言い難い。


「魔力も意味不明だし、そもそもその魔力暴走がどちらも転移っていうのはおかしいでしょう。何が起こるか分からない、だからこその暴走なのだし」


 それに。イアリアは聞いていた。突然の魔力暴走、その寸前に、何かが壊れる、あるいは、割れるような音が、その原因である人間から聞こえていた事を。全身鎧を着用していた為、細かいところまでは分からなかったが。

 ただの人間に魔力を与える。それも爆発的に、ひいては絶対に制御できない量を。訓練を積んだ魔法使いであっても制御できない、感情が爆発した瞬間に。まるで、暴走させることが目的のように。


「……というか、そもそも暴走ではない可能性まであるわね」


 そこまで考えて、イアリアは思い至った。あれはもしかすると暴走「しているよう」に見せかけているだけであって、周辺被害すらも「ついで」であり、その本命は、対象者を転移させる事なのでは? と。

 そしてその場合、対象者とはイアリア……あの場では「冒険者アリア」であったが……だろう。そしてその強度は、かなりのものだ。


「だって、師匠の結界を壊す威力だったもの。……魔力が無いと言っても貴族だったから、ずっと出力が高かったとしても。これだけの距離を転移させるとなると、相当な魔力が必要な筈だし」


 なおイアリアの師匠、魔法学園において個人に最適な魔法の使い方を個人に合わせて探り、教える特別な導き手は、世界最強の呼び名を長らく欲しいままにしている「永久とわの魔女」その人だ。

 その、世界最強の魔法使いが自らの拠点に展開していた防御魔法。現実を上書きしてあらゆる害意を通さない筈の結界が、力任せにこじ開けられていた。その時点で既におかしいのだ。

 何故なら、魔法とは現実の上書きだ。だから魔法に対しては魔法しか対抗策が無く、その強度は基本的に魔力の量によって決定する。無尽蔵の魔力を持つ「永久とわの魔女」ことナディネが、自らの拠点と弟子を守る為にかけた魔法だ。弱い訳がない。


「…………」


 それを壊した、という事は、魔法の強度……魔力の量で、ナディネを上回った、という事になる。もちろんその場にかけてあった魔法を突破しただけであり、本人との勝負ではないが、それでも相当な強度があった筈だ、と、イアリアは認識している。

 そして壊す時点で相当な魔力が必要なのに、その上でイアリアはハイノ村、グゼフィン村近くにある村の1つの近くまで転移させられた。必要な魔力は、一線級の魔法使いを何人使い潰せばいいのか、というレベルだ。

 ただ……ナディネの結界を壊した。その時点で、転移の出力も相当に落ちている。これは間違いない。そして今回の、今度こそはただの平民だっただろう領軍所属の男。彼が発動した、魔力暴走に似せた強制転移。これが、意図的な物だとすれば。


「……最初から。私を、サルタマレンダ伯爵領に連れてくるつもりだった?」


 それも、周辺被害の一切を無視して。

 意図的なものであるなら、大変とはた迷惑であり……少なくともイアリアは、その理由に好意的な物を見つける事は、出来なかった。

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