第19話 宝石は向かう
そして。
「動けますし、装飾品もそう簡単には落ちませんね」
「シルエットに変なところはありませんよ」
いよいよイエンスの婚約発表パーティ当日。日が昇る前からイアリアは冒険者ギルドに移動して、そこで最後のチェックを受けていた。それは主にドレスを着た姿であり、その状態での動きだ。
なお今回、冒険者ギルド経由でこのドレスと装飾品一式を買い取る形となっている。なのでこのドレスと装飾品一式は、イアリアのものだ。パーティの後の予定もある為、顔布も冒険者ギルド経由で購入している。
無事イアリアの要望が全て通ったドレスは、明るい灰色をしたシンプルな形をベースに、ひだやレースを取り付けた形となる。ひらひらになりそうなところを出来るだけ抑え、なおかつあちこちにイアリアの武器である魔薬を仕込めるように細工がされていて、十分実用に足る品だ。
「マジックバッグも持ち込める事になって良かったわ」
「冒険者ギルドとしましても、アリア様のマジックバッグを預かる事にならなくて良かったと思っております」
「……まぁ、控えめに言って戦争が起こるわよね。主に貴族による争奪戦って意味で」
「えぇ。きっと冒険者も生活に困っているものも、それこそどこかの隣国の諜報員も関係なく、総力戦になるかと思われますので」
本来なら、ドレスに求める要素として、実用……実戦での装備品としての使用というのは間違っている。だが冒険者ギルドは「冒険者アリア」の価値を知っているし、現在のサルタマレンダ伯爵が信用に足らないというのも分かっているので、結果としてそうなった。
なおかつ、「冒険者アリア」を含む『シルバーセイヴ』所属の冒険者たちが、このパーティ直後にあちこちに散っていくのを知っている冒険者ギルドとしては、そんな混乱の中で凄腕魔薬師である「冒険者アリア」の
まぁ、それはそうだ。控えめに言って、そこんじょそこらの遺跡にある宝箱よりも価値が高い。絶対に当たりだというのが分かっている分、狙う人間には事欠かないだろう。間違いなく、冒険者ギルドヒルハイアス支部は戦場になる。
「ま、私としても残弾を気にせず、荷物も気にせず、身1つで動ける状態だっていうのは気楽だけれど」
「そうですね」
なお、『シルバーセイヴ』所属冒険者の離散と『シルバーセイヴ』の解散に伴い、冒険者ギルドヒルハイアス支部も何か動くつもりのようだが、それに関しては知らされていないイアリアだ。まぁ知ったところで出来る事も無いのだが。
火傷跡を理由にこれと言って化粧をする事も無く、動きの確認と当日の流れの確認に時間を使った後、こちらも正装に着替えたノーンズと共にサルタマレンダ伯爵の領主館へ移動する。
そこで控室に通されて、当分はそのまま待機だ。待機時間が大変長いが、貴族は爵位の低い者が先に来て長く待つという決まりがある。貴族からすれば平民は最下層なので、一番長く待たされることになる。
「本当に訳の分からない理由ね」
「確かに、素振りぐらいはしたいのが本音かな」
普段は意味が分からないと思いつつも適当に時間を潰せばいいだけなのだが、今回は「洗脳」能力を持つ元凶の居場所だ。すなわち、長い時間滞在していると、「洗脳」の影響を受ける。
イアリアはもちろん「洗脳」を防ぐ魔道具を身に着けているし、その改良もひたすら続けてきた為、元凶が近くに居ても丸2日は持つと断言できるほどの効果を持たせる事が出来た。だがだからと言って、無駄遣いしたい訳では無いのだ。
元凶が近くにいる程より早く魔道具は消耗する。それは相殺するのが時間ではなく、「洗脳」の力と思われる何かの総量なので、強い力を浴びていれば消耗が進むのは当然の話だ。
「ところでこう見えて甘い物は好きなんだけど、これは全部貰ってしまっていいかな?」
「見るからに砂糖をこれでもかと使いましたみたいなお菓子をよく食べようって気になるわね」
「普段だと絶対に食べられないからね」
そういう警戒をしている以上、お茶菓子の類も同様だ。よってイアリアとノーンズはそんな小芝居をして、出されたお茶菓子の4割程をノーンズが食べておいた。
問題は、と、口の中で呟き、顔布に隠した状態で眉間にしわを寄せるイアリアが真に警戒しているのは、そういう小細工ではない。もちろんノーンズには物理的な毒も効くので、そこはちゃんと調べておいたが。
何しろ今いる場所は、サルタマレンダ伯爵の住居でもあるのだ。この控室は端の方にあり、棟がそもそも違うと言っても、敵の敷地内である。
「……来るかしら」
「来ないといいね。挨拶1つも神経を使うから、ごめん被りたいのは本当だ」
この待機時間中に、モルガナの姿をした元凶が……排除しようとしたノーンズと、執着しているイアリアに、直接会いに来る、という可能性が、それなりに高い、という事だ。
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