第18話 宝石は断る

 イエンスの婚約発表パーティ3日前。


「アリアさーん。お客さんだぜー」

「今調薬中で向こう3時間は手が離せないわ」

「あーそれはしょーがねーな」


 と、若干どこかしらじらしい会話があったのは、イアリアの個室の前であり、昼食が終わった直後の時間だ。声をかけてきたのは『シルバーセイヴ』所属であり、当然しっかりと「洗脳」対策をしている冒険者の1人となる。

 ちなみにイアリアは今「洗脳」を防ぐ魔道具を作るのに忙しいので、調薬中というのは嘘だが手が離せないのは本当だ。そしてイアリアこと「冒険者アリア」は魔薬師であり、戦争直前も多くの魔薬を作って納品しているので、これが一番通用する。

 実際、そういう状態だと聞いた「お客さん」は帰っていったようだ。それも扉越しに聞いて、対応してくれた事についてのお礼を言ってから、イアリアは部屋の中で息を吐いた。


「本当に、貴族って言うのは面倒ね」


 そう。貴族がここヒルハイアスに来始めてからの「お客さん」とは、貴族の事だった。どうやら「冒険者アリア」はそれなりに有名になっているらしく、『シルバーセイヴ』に所属したと聞いた貴族が顔を見にやってくるのだ。

 大体は野次馬根性だし、「冒険者アリア」の顔には酷い火傷跡があると聞いてそれを嗤いに来た、どう言い換えても良いとは言えない性根であり動機だ。それにここまでくる中には「傷物の女なら何をしてもいい」と思っている輩もいる為、基本的に論外である。

 もちろん火傷跡の話を聞き、哀れみとその能力から引き取ろうとする貴族もいない事は無い。だがそういう、比較的良識と良心がある貴族はまず、『シルバーセイヴ』のリーダーたるノーンズに話を持っていくものだ。


「それぐらいの厚みが無ければ、貴族なんて生き物を一生やっていられないのかもしれないけれど」


 当然ながら、「冒険者アリア」が本来はサルタマレンダ伯爵令嬢であり、世界最高の魔法使い「永久とわの魔女」の弟子であり、魔石生みに変じたものの十分な魔力を持つ元魔法使いだと知っているノーンズがそんな話を通す訳がない。

 まぁそれでも貴族との繋がりは繋がりなので、「冒険者アリア」を出汁にして上手い事繋がりを作るのだろう。それぐらいは出来なければ、あの爽やかな笑顔の仮面の説明がつかない。

 それに、今の所サルタマレンダ伯爵が大人しい、というのもイアリアの毎日が平和な一因だった。モルガナの姿をした元凶も、流石にパーティまであと数日となったら忙しくなるらしい。


「……その分だけ、「洗脳」の範囲が広がっている可能性は、高いのだけど」


 そういう懸念もあるにはあるが……ノーンズがイエンスを助け出したら、そのままアイリシア法国に亡命すると聞いている。その時『シルバーセイヴ』も解散し、そこに所属していた冒険者達は各々国中に散らばる予定だ。

 イアリアもその流れに乗って、サルタマレンダ伯爵領から脱出するつもりである。何ならそのままザウスレトス魔法学園まで戻って、兄弟子と合流して師匠を待つのが一番手堅いだろう。

 問題は、そこまでうまく逃げられるかという事だが、そこは冒険者ギルドに協力を頼むつもりだ。その為に冒険者ギルドの「洗脳」を積極的に解除するように協力したというのもあるし。


「冒険者ギルドだって、少なくとも支部長は馬鹿では無いものね。対策が必要だと伝われば、その伝播と行動は早い筈だわ」


 それに、と、イアリアは内部空間拡張能力付きの鞄マジックバッグに収めた魔道具を思い起こす。それは使用者から魔力を吸い上げて稼働する、自由に動ける魔石生み、という実質あり得ない存在にしか使えない魔道具だ。

 効果は、空を飛ぶ事。それだけだ。流石にイアリアでも、突貫工事ではそれが精一杯だった。だが、イアリアは自分の魔力に底が無い事を知っている。つまり。


「……ま、辿り着くだけは出来る筈よ」


 最悪冒険者ギルドすらダメそうでも、自力で空を飛んでしまえば良い。

 そういう新しい保険が出来た、という事だ。

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