第20話 宝石は会場に入る
イアリアとノーンズの警戒に反して、モルガナの姿をした何かが直接やってくる事は無かった。その代わり、『シルバーセイヴ』の本拠地にも来ていた類の貴族が、挨拶と称して珍品を見る感覚で押しかけてきていたが。
イアリアが動くと(双方で)碌な事にならない上に、少なくとも表面上招かれているのはノーンズで、「冒険者アリア」はおまけだ。なので、そういう貴族の対応は全てノーンズが対応した。
「はー、よくもまぁあそこまで腐り切れるもんだね」
「それが何かの拍子に粛清対象になる貴族ってものよ」
「なるほど、相応の結末にはなる訳だ」
貴族の使いだの家族だのと名乗る人間の相手をして、いよいよ時間になってサルタマレンダ伯爵の使いが呼びに来た時点で、既にノーンズはだいぶ疲れていた。だが、これは予想できた事だ。
何しろお陰で、イアリアとノーンズはこの控室に釘づけにされたとも言えるのだから。まぁ2人にこの部屋から動くつもりは無かったのだが、動くつもりがあったら、立派な妨害になっていただろう。
もしくは、あれらの貴族はとっくに「洗脳」の効果が及んでいて、モルガナの姿をした何かの目と耳の代わりになっていたという可能性もあるが、そこは考えても分からない。
「端っこで大人しく事態を見ていればいいのよね?」
「その筈だよ。冒険者を呼んだ、という事実が大事って話だから」
そんな確認をしてから、サルタマレンダ伯爵の使いについて大人しく控室を出た2人。そのまま使いに導かれるままに移動した先は、こちらもある意味想定外に、ちゃんと婚約発表パーティが行われる会場だった。
こちらも身分が低いものが先に入るというのは変わらない為、ノーンズとイアリアが一番乗りだ。会場は準備万端整えてあり、どこを見ても辺境伯らしく力の入った装飾が施され、料理も飲み物も用意してある。
先に会場入りしたからと言って、好きに飲み食いしていい訳では無い。その辺はノーンズもよく知っている為、素直に会場の端へ移動して、立ったまま待機する事になった。
「やあ。君かね、確か、シルバーセーブというクランの主は」
「ほう? そっちが期待の新人という?」
「この祝いの席で、何故顔を隠しているのだ。不敬ではないのか」
まぁ待機と言っても、この通り。絡まれ、もとい話しかけられて暇をするような余裕は無かったのだが。主にノーンズが。イアリアは一歩下がったところで静かに控えるだけである。
中にはイアリアこと「冒険者アリア」を露骨に値踏みし、難癖付けてどこかへ連れて行こうとする貴族もいたが、その場合はイアリアも対処する。具体的には手袋に仕込んでおいた針で、全身が痒くなる魔薬を打ち込んだ。
量は大した事が無いので、効果時間も短ければ後で調べても何も出ない。しかし全身が痒くなる不快感はそういう貴族にとって耐えられないものらしく、早々に何組かの貴族が会場を後にした。
「いいのかしらね? 本番が始まる前に引き上げてしまって」
「貴族の考えは分からないからなぁ」
はて? とばかりイアリアはそんな事を聞いたりしていたが、聞かれたノーンズは爽やかな笑顔の仮面の下で割と本気の笑いを耐えつつ、そう答えるのみだ。なお針の表面には即効性の麻酔を塗ってあるので、疑似的な無痛針となっている。
しかし、とイアリアは自分に直接手を出す貴族のみを撃退しつつ、会場全体を見回して違和感を覚える。一応仮にも貴族としてしばらく過ごしていたイアリアは、それこそピンからキリまでの貴族を知っている。
確かに全体からすればキリの貴族の方が多い。だがそれならそれで、それらを押さえられるピンの貴族も呼んでいるものだし、事前に圧をかけている筈だ。何しろパーティというのは、体面が大事という貴族の生態を象徴するようなものなのだから。
「(にしては、なんだか、随分と客の質が悪いみたいだけれど)」
もちろん、イアリアとノーンズが冒険者として呼ばれていて、全ての貴族から下にみられる平民だというのもあるのだろう。イアリアが貴族として表に出ていた時、一応その立場は伯爵令嬢というものだった。
それならそれで、陰湿な嫌がらせはされてきたのだが。それでも正面から喧嘩を売る貴族は限られていた。何しろ辺境伯なのだ。その爵位は、上から数えた方が早い。
だから平民という立場である以上、いつも以上に質の低い貴族に絡まれるのは十分にあり得る。ノーンズがそつなく捌き続けている事からも、これは特段不思議な事ではないのだろう。
「(……「洗脳」の影響で、元凶の馬鹿さまでもが伝染しているのかしら)」
だがそれにしたって、絡んでくる人数の比率が多すぎる。会場を見回して、イアリアはそう判断した。
そしてその原因を考え……思いつくのはそれぐらいだった。何しろ、少なくともこのパーティに呼ばれているのは、サルタマレンダ伯爵家に関係がある貴族だ。それすなわち、イアリアも知っている相手である。
もちろんその全てを把握しているとは言えないが、それでも爵位別の主だった貴族の家については知識を頭に入れているイアリア。だがそこに該当する貴族も、ノーンズへの絡み方が到底、賢いとは言えないそれだったのだ。
「(思ったよりも面倒な事になっていそうね。自滅する分には構わないけれど、これだけの家が一気に潰れたら大変な事になりそうだわ)」
少なくとも、貴族をする最低限の体面と頭はあった筈の貴族。それがキリの中でも特にどうしようもない人間と同程度の言動をしている事を確信して、イアリアはひっそり、顔布に隠した下で息を吐いたのだった。
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