第21話 宝石は策を弄する

 限りなく無為で疲れるばかりの時間が過ぎて、ようやく今回のパーティにおいて、来客側の最高位となる貴族が会場に入って来た。ここからしばらく歓談の時間を置いて、主役が登場する事になっている。

 そして流石に高位の貴族が来ると、そちらに群がっていくものだ。つまり、ようやくノーンズとイアリアは見世物状態から脱する事が出来る。


「……。ま、大人しくしておきましょう」

「……。そうだね。普段食べてないものばかりだし」


 のだが、イアリアが毒を判別する魔道具でざっと近くにある料理や飲み物を調べた結果、そのほとんどに毒が入っているという結果が出た為、お預けとなった。とはいえ流石に何も手にしないのは逆に目立つ為、グラスを手に持っておくだけにする。

 なおこの毒の中には、イアリアが苦労して特定した「洗脳」の影響をもたらす何かも含まれている。だからノーンズには効かない可能性がある訳だが、毒を判別する事に重きを置いた為、その種類までは分からない。

 会場の端で気配を消しながら、主に貴族の対応による気疲れしたノーンズを休憩させていると、会場に流れていた音楽が止まった。続いて、サルタマレンダ伯爵家の使用人が、主催の登場を告げる。


「……うーん」

「…………」


 まずサルタマレンダ伯爵当主であるアメアルド・アルベルト・サルタマレンダが妻を伴って登場。続いて、その娘2人がそれぞれの婚約者を伴って登場。

 この時点でイアリアはこの後の展開に察しがついたし、ノーンズもちょっとまとう空気が固くなっていたので、同じく察していたのだろう。そして恐らくはその察した通りに、今回のパーティの主役として呼ばれたのは……モルガナの姿をした何かと、イエンスだった。

 2人の登場に続いて、アメアルドが2人の婚約を発表しつつそれに繋げる挨拶をしているが、イアリアもノーンズも、もちろんそれどころではない。


「ダメね」

「やっぱり」


 最低限の言葉によるやり取りは、挨拶が終わった時の拍手の音に紛れさせた。だから他の誰かに聞かれた可能性は無いと言っていい。

 当たり前だがイアリアもノーンズも、イエンスが無事だなんて思ってはいない。当然ガッツリと「洗脳」の影響を受けていると判断していたし、それは間違っていない。

 では何がダメでやっぱりなのかと言うと、それは本来、このタイミングで最初の騒動が起こる筈だったからだ。具体的にはこの会場の灯りが全て、強力な閃光を放つ筈だった。強力な光は「洗脳」の影響を引き剥がす。だからここで決まれば最短で脱出できたのだが。


「2つ目よ」

「そうだね」


 まぁだが、これはあくまで最短だ。最善でも無ければ本命でもない。小手調べというか、貴族としてちゃんとしているなら通らない筈だ、という程度のものだ。

 むしろここで通っていたら、今後に大きな不安を抱える事になっていただろう。主に、サルタマレンダ伯爵家という組織が、本格的にぐずぐずになっているという意味で。

 ヒルハイアスに到着した直後に聞いてから、ほぼ1ヵ月経っている。だから「洗脳」を受け続けた事による変化を見るつもりの一手だったのだが、どうやらこれ以上、ある意味致命的な変化は起きていないようだ。


「そろそろ僕らの順番かな。アリア、いけるかい?」

「えぇ」


 まぁそんな事をしている間に、今度は爵位が上の貴族から順番に、主役となるモルガナの姿をした何かとイエンスに挨拶する列は進んでいっている。上から順番に、なので、平民であるノーンズとイアリアは当然最後だ。

 一応貴族と接するという事で最低限のマナーは収めたノーンズがエスコートする形で、本当は高位貴族のマナーを叩き込んでいるが平民の付け焼刃に見せかけているイアリアが前に出る。もちろん周囲から視線が集まるが、無視だ。

 髪の色は変えたままだし、そもそも顔布をつけている。火傷跡の化粧もしているし、ドレスだって「イアリア・テレーザ・サルタマレンダ」が着ていたものからは出来るだけ遠ざけた。


「やぁ。久しぶりだね、イエンス」


 だから大丈夫な筈。と、緊張を押し殺して前に進むイアリア。その隣で爽やかな笑顔の仮面を一切揺らさなかったノーンズ。

 ここまでが完璧だったから、恐らく、その爽やかな笑顔の仮面のまま放たれた、あまりにも気安い言葉には誰も反応できなかっただろう。というか、何でこれで気付かないのかしら。と、隣で事態を見守りつつ「次」の準備をするイアリアは思った。

 だって、どう考えてもそっくりなのだ。イアリアだって見分けられたのは、その表情と喋り方があまりにも違うからだったのだから。イエンスとノーンズ。この2人が正面から相対して、血縁を疑う人間はいないだろう。


「……あ、れ? ノーンズ……?」

「そうだよ? まさか双子の弟の顔を忘れたのかい?」

「いや、いや忘れる訳ねーじゃん。同じ顔なんだし、髪もちゃんと毎月、送って……あれ? あれ、そうだよな?」

「うん。送られてきてたよ。何故か手紙の返事は来なかったけどね」


 2つ目。ノーンズとの会話で、イエンスが「洗脳」の影響を脱する――とはいかないまでも、「洗脳」が揺れて綻びが出れば、その後スムーズに一緒に逃げる事が出来る。

 一応今回用意した中では、これが最善の作戦だ。

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