第22話 宝石は相対する
突然のノーンズの登場、という形になったらしいイエンスはかなり混乱していたが。流石にサルタマレンダ伯爵家よりノーンズの方を信じるらしく、あれ? と呟きつつちょっと考えこみはじめた。
周りはざわざわしていたが、流石冒険者ランクレアというべきか。ノーンズが視線1つで圧をかけて近寄らせていない。イアリアはそうと分かりにくいポケットの中身に指を触れさせた状態で空気になる事に徹している。
まぁ、頭の回転自体は悪くない。筈だ。なのでしばらく考えたところで、イエンスは顔を上げた。
「ノーンズもいつの間にか貴族になってたのか?」
「違うよ」
「えっ」
「そもそもイエンス。僕らにはアイリシア法国との約束があるだろう」
そこでそれを出すのか、と、話を一通り聞いていたイアリアも内心で驚いた。アイリシア法国は、世界各地にある教会の総本山である。ほとんどの国が国教としている宗教の頂点でもあり、その影響はとても大きい。
イアリアは顔布の下で目だけを動かして周囲を確認する。恐らく招待客の貴族たちは、イエンスが金色の目を持っている事は知らない。サルタマレンダ伯爵家の面々は。娘2人とその婚約者は困惑しているようだ。恐らく目の事を知らないのだろう。これは想定内である。
では知っている可能性が高い、サルタマレンダ伯爵夫人。こちらも困惑している。知らされていなかったようだ。ではサルタマレンダ伯爵本人は
「いじわるを言わないで!」
イアリアが、そのどこか呆然とした顔を捉えたところで、そんな声が響いた。幼い声を精一杯尖らせたようなそれと同時に、イエンスの体が揺れる。
「ちょ、ま、モルガナ……」
「いやよ! 訳の分からない話をして、イエンスを連れて行くつもりでしょう! ダメ! ダメなんだから!」
サルタマレンダ伯爵の顔色が、呆然としたものから青ざめつつも厳しいものに変わる。伯爵夫人の顔からもすっかり血の気が引いた。そこまで確認したところで、ようやくイアリアは、顔布の下に隠した目を、正面に戻した。
聞こえていた声と、高さ的に視界の端に入っていたイエンスの動きから分かっていたが、隣にいたモルガナの姿をした何かが、イエンスの腕を抱え込むようにして密着していた。
はっきり言って、貴族としてだけでなく、年頃の娘として論外である。モルガナの姿をした何かは、少なくとも見た目だけならイアリアより年上なのだ。それがこんな、子供のような振る舞いをして許される訳がない。
「……これは、どういう事かな?」
「いやよ! イエンスは私の婚約者なんだから!」
「モルガナ。やめなさい、はしたない」
「だって、この人がイエンスを連れて行こうとするの! 私の婚約者でしょう!? ねぇお父様!」
「モルガナ。人目がある場所で異性とそんなに密着してはいけない」
「どうして!? この人がイエンスを連れて行こうとするのよ!?」
流石のノーンズも、爽やかな笑顔の仮面が崩れかけている。主に顔が引きつるという形で。イアリアは顔布で表情が見えないのをいいことに、呆れ果てた、という感情を隠さなかった。
……まぁそれ以上に、モルガナの姿でこんな、論外なクソガキもとい目に余る子供のような振る舞いをする事に対する怒りで腸が煮えくり返るのを、表に出さないように抑え込むので大変だというのもあるのだが。
やだやだと駄々をこねる子供そのままの振る舞いを、婚約発表パーティという場でするというのは、もはや貴族としては致命的な醜聞だ。周囲の貴族もひそひそと囁きあっている。
「――僕からイエンスを連れて行ったのは、そっちだろう?」
厳しい顔をしつつも決して強い言葉を使わないアメアルドと、ぎゅうぎゅうとイエンスの腕に抱き着いて離れないモルガナの姿をした何か。それを見ていたノーンズは緩く、けれど深い息を吐いて、笑顔の仮面を外した。
そこにあるのは「敵」を前にした冒険者の、情け容赦の一切を捨てた顔だ。現在のイエンスと同じ茶色の目は冷え切って、モルガナの姿をした何かに向けられている。
子供であってもそんな目を向けられ、僅かという範囲に調節された怒気を浴びれば怯えるものなのだが……きょとん、とした顔で見返すモルガナの姿をした何かは、気付いていないようだ。
「僕とイエンスは、アイリシア法国に招かれている」
「……っ!?」
「それを勝手に貴族にしてやるだの、婚約者だの、あの国に喧嘩を売っているのかな?」
理解していない、と判断したノーンズが次にその矛先を向けたのは、アメアルドだ。実態はどうあれ指示を出したのはアメアルドで間違いない。それが分かっているから、何も言わないがさらにその顔が固くなったのだろう。
……勝負あったかしら。と、イアリアはポケットの中で指を触れさせていたものをつまんだ。ついでにイエンスの方を視線だけで確認すると……モルガナの姿をした何かに捕まれているのとは逆の手で、自分の額を押さえていた。
モルガナの姿をした何かの近くにいる程「洗脳」の影響は強くなる。それが密着されているのだ。当然、影響は出るだろう。
「本当に、茶番ね」
だからイアリアは呟いて、3つ目の策であるところの、ポケットのそれ――魔薬型の閃光弾を、手首の動き1つで、自分の足元に叩きつけた。
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