第17話 宝石は全力で対策する

 チッ、という音を鳴らしそうになった口を、引き結ぶことで沈黙を維持する。自分が死にかけても仲間を助けるその覚悟は見事だと思ったイアリアだが、それは同時に、「町の人達」と「冒険者の仲間」を天秤にかける事でもあると、今更に気付いたのだ。

 通りで慌ただしい筈だ、と苦さを伴って納得した所で、思考から帰ってくるイアリア。大幅に予定が狂ってしまったが、それならそれでやるべきことは山ほどある。


「……とりあえず、耐久強化の魔薬を作って来るわ。いつもの瓶に入れておけばいいのかしら?」

「あっ、はっ、はい! お願いします!」

「分かったわ。ありがとう」


 元から完全に阻止できるとは思っていない。だから初動に必要な分の魔物避けの魔薬以外の時間は耐久強化の魔薬を作ると朝に決めたのだから。そう自らに言い聞かせ直して、イアリアは身を翻した。そのまま2階に戻っていく。


「時間が無いわ。時間は無いのよ。他の事を考えたり感情を動かしてる暇なんて、1秒だって無いんだから。魔薬作りは精度が命、気を散らしてる余裕なんて無いの。いいわね? 私」


 必要な材料を依頼価格で購入し、作業を行う小部屋に引っ込んだところで、イアリアは自分の頬をぴしゃりと叩いた。そのまま両手で頬を挟んだまま、声に出して波立ち続ける心を抑え込む。

 イアリアは現在実家と言う扱いになっている伯爵家だけではなく、その前の男爵家に引き取られた時も理不尽な目に遭っている。その後の学園生活も、半分以上は嫌がらせとの戦いだ。

 そこへ、多少はその善性を信じてもいいかと思った相手のこの行動である。もちろんその真意は不明なままなのだが、思うところしかない。が、イアリアは傷つけられると嘆いたり凹んだりする前に、怒りが湧いてくる性格をしていた。


「絶対に、町ごと生き残ってやるんだから」


 怒りの炎を集中力に変換して、イアリアは自分に出来る範囲で、最高品質の耐久強化の魔薬を作る作業に、文字通り全力で取り掛かった。




 ある程度の量を纏めて作り、出来上がって瓶詰め出来次第納品を続け、冒険者ギルドの2階と1階を往復し続けているイアリアが1階にそこそこ長く居たのは、昼食を食べている間だけだった。

 それ以外はずっと2階の小部屋で魔薬を作り続けていたので、その量は材料が尽きないという前提である事もあって相当なものになってる筈だ。まして塗料に混ぜて使うという用途上、実際に効果が発揮される面積はかなり広くなっているだろう。

 ……とは言え、そこそこ大きな町を1つ囲む壁が相手なのだから、当然1人が1日で作れる分だけで足りる訳がないのだが。


「(まぁ、東の門とその周辺を強化出来たら十分とするしかないわね。出来れば北の門も同じように出来ればいいんだけど、多分私を含めてこの町にいる魔薬師が全員で一致団結しても無理があるでしょうし)」


 とか考えているイアリアは夕暮れ時現在、昼頃ぶりに1階に腰を落ち着けていた。その目的はもちろん夕食だ。時間は限られているが、だからこそしっかり食べられる時に食べて休める時に休んでおかなければ肝心な時に踏ん張りが利かなくなる。

 夕食時ともなれば冒険者ギルドのロビーにも賑わいが戻って来る。昨日のそれに比べれば気のせいか隙間が多いように見えるその喧騒は、ほんのりと緊張の色を伴っているようにも見えた。

 恐らく、冒険者ギルドの方から依頼の斡旋と言う形で、冒険者達にはスタンピードの危険性が伝えられているのだろう。……思ったより残ったわね。というのが、人嫌いの自覚がそこそこあるイアリアの本音だった。


「(と言っても、今から逃げても、逃げ切れる目は殆ど無いだろうけれど。それに、流石に家族連れで長距離を移動するのは無理があるわよね)」


 そんな事を考えながら夕食を食べ終わり、冒険者ギルドを出たイアリア。……休める時に休んでおかなければ踏ん張りが利かなくなる。それは確かだが、イアリアはこの状況で眠れるほど太い神経はしていなかった。

 どうせ眠れないなら使い捨ての魔道具でも作っておこうと徹夜する覚悟をしつつ大通りを歩いていくと、イアリアが拠点としている宿に続いている小道の前で、建物の影を被るように人影が立っているのが見えた。

 不審者か、と身構えたイアリアだったが、その姿が冒険者ギルドのロビーでそれなりに見かけた姿である事に気付いて、フードの下で僅かに首を傾げた。そうしている間にあちらも気づいたのか、光と影の境界線に居る姿が動きを見せる。


「……なぁ、新人」


 こちらへ踏み出そうとしたのか、それとも逆に一歩下がろうとしたのか。僅かに体を揺らして、結局前にも後ろにも動くことなくその姿――この町に残った冒険者は言葉を紡ぐ。

 普段ならもう少し人通りがある筈の通りは、いつになく早い静けさに沈んでいた。夕日の赤と影の黒で塗り分けられたような光景の中、絞り出すような声は続く。


「何で……何でそんな、スタンピードを引き起こすなんてヤバい草が。どうしてだ。何で、この町が。そんな目に遭わなきゃいけない」


 それは恐らく、話を聞いた冒険者や、その空気に気付いてしまった町人達が皆思った事だ。アッディルの歴史はそれなりに長い。ここから逃げた所で、行く当ても新しい生活を始める余裕も持たない人達の言葉だ。


「何が……出来るって言うんだ。精々動物しか狩ったことが無いんだぞ。それが、東の森の、奥地だと? 魔物がうろついてる、その奥だと? 何で、よりによって、そんな場所に」


 これは多分、今もこの町に残っている、いや、この町に残るしかなかった冒険者達が思った事だ。見捨てる決断も出来なければ、これと言える力も持たない彼らの言葉だ。


「…………何とか、ならないのか。ばら撒けばその草を枯らせられる薬とか、森から魔物が出てこなくなる薬とか……そういうのがあったり、しないのか……?」


 そして、これは恐らく、イアリアの目の前まで来た冒険者の考えた事だ。……正確な年齢は知らないが、それは外見をほぼ完全に隠しているイアリアも言えたことではない。実年齢の開きがどれほどかは、今は関係ない事だ。

 だからこそ。イアリアは、堂々と。


「無いわよ、そんな便利なもの」


 その「泣き言」を、切って捨てた。


「そんなものがあったらあなた達に知らせるまでもなく真っ先に使ってとっとと解決してのんびり寝てるわよ。無いからこうやって最後の最後まで出来る事を探して気休めでも動いてるんじゃないの」


 弱音を吐きたいのはこっちだ、と、湧き上がって来た怒りを吐き捨てるようにしてイアリアは言い切った。弱音と言うには苛烈なその言葉に、冒険者は気勢を削がれたか、呆気にとられたように動きを止めている。


「私は魔薬師よ。出来る事にも出来ない事にも全部理由があって、それは私1人の都合じゃ変えられないわ。そういう「何かよく分からないけど大体何でもどうにかなる」感じに都合が良い解決は、魔法使いに聞いて」


 そこまでをほとんど一息で言い切って、イアリアは止めていた足を踏み出した。そのまま動きのない、この僅かな間に伸びた影に呑まれたような冒険者の横を通り過ぎ、宿の部屋へと戻る。

 そして、深々と1つ、息を吐いた。


「……魔法使いだったら、この町にこのタイミングで来てる訳がないのにね」


 一緒に零れ落ちるのは、自嘲の笑みだ。確かに魔法使いだったらもっと出来る事はあっただろう。

 だがこの町に来たのは、魔法使いではなくなったせいで学園から逃げ出したからだ。つまり魔法使いのままであれば学園生活を継続していた筈で、それはつまり、この町がスタンピードで滅んだことすら知らなかった可能性が高い。


「全く。本当にままならないったらないわ」


 再び、息を1つ。

 そして案の定全く眠気がやってこない頭を、魔道具作りの方へと動かし始めるのだった。

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