第18話 宝石は懸念を伝える

 朝になるまで手と頭を動かし続けて、疲れを感じつつも眠気が来ないという自分の状態に苦笑いをしつつ、朝日の最初の一差しを合図代わりに宿を出たイアリア。

 魔道具と魔薬を口座に入れるという形で冒険者ギルドに仮納入する手続きの間に見た冒険者ギルドのロビーでは、昨日は居た筈の酔いつぶれた冒険者の山が見当たらなかった。

 恐らくはさらに冒険者の数が減ったという事だろうその事実に、イアリアは口を引き結んで反応を表に出さないように努める。


「外壁の塗り直しはどのくらい進んだのかしら?」

「東の大門は完全に塗り直せたようです。またその周囲も順次塗り直しが進んでいます」

「あら、思ったより仕事が早いわね」

「良質な塗料を十分な量用意出来ましたので。この分なら北と南の大門付近まで塗り直せるとの事でした」

「それは良かったわ。……それなら、耐久強化の魔薬はもう十分かしら」

「いえ。臨時の柵も並行して作っている最中ですので、もう少し量があった方がありがたいですね」

「分かったわ。ありがとう」


 相変わらずカウンターの向こうではバタバタしているが、依頼を受けるカウンターでそんな会話をして、イアリアは2階へ引っ込んだ。そのまま、午前中いっぱいを耐久強化の魔薬の作成につぎ込む。

 順次出来当たり次第納品する事を昼まで続け、昼食を食べがてら改めて確認を取ったところ、流石にもう十分、との返答があった。

 なら次はどうしようか……と考えつつ昼食を食べ終え、昼時ですら人の数がほとんど見られないという珍しい冒険者ギルドの風景から目を逸らし、イアリアは自分に斡旋されている依頼を確認した。


「……魔物避けの魔薬に「緊急」と書いてあるのだけど。昨日はこんなの無かったわよね?」

「はい。今朝追加されました。完全に不足しています」


 完全に不足、とは随分な言いようだ。と、思いながら、イアリアは内心で首を傾げる。イアリアの予想が正しければ、この魔薬は東の森の奥地に冒険者達が向かう為の物だ。冒険者達がいなくなっているのに、不足しているとはどういう事だろうか。

 そこまで考えて、いや、と内心首を横に振ったイアリア。逃げ出したというのは、自分が勝手に想像したことだ。逃げ出したのではなく、東の森に詰めていたとしても、此処冒険者ギルドで姿を見ることは無くなる。

 ただ……。と、再度依頼書に視線を落とすイアリア。そこに書かれている納品最大数は、桁がおかしかった。もしこの数に届いたとすれば……恐らく、森を丸ごと燻すことも可能だろう。


「……まぁ、足りないというなら作るのが魔薬師だもの。この依頼を受けるわ」

「ありがとうございます」


 まさか森から一切の魔物を、一時的に追い出してしまうつもりでは……? と勘繰りつつ手続きをして、イアリアは再び2階に引っ込んだ。

 依頼特価となっている魔物避けの魔薬の材料をどっさりと購入し、小部屋でざくざくごりごり加工しながら考えるが、どうにもその意図が分からないままだ。


「でも、本気でそんな事を考えているなら……ちょっと、まずいわね。魔物によっては忌避ではなく、挑戦と取ってむしろ襲い掛かって来る種類がいるのだし……」


 薬液を作り、切り刻み磨り潰し炒って粉を作り、薬液に魔石を投入して溶かし、練り合わせながらイアリアは考える。型に押し込んで熱を加え焼き固めながら更に考え、型から外して箱に詰める段階になって、やっと結論を出した。

 とりあえず詰め始めた箱が一杯になるまで作成を続け、その箱を持って1階に降りるイアリア。納品手続きの為に声をかけて、その終わりに、こんな問いかけをした。


「ちょっといいかしら」

「はい、何でしょう。あ、品質は問題ありませんよ。むしろ上々です」

「ありがとう。そうではなくて、魔物避けの魔薬なんだけど。ちょっと工夫をしてもいいかしら?」

「工夫、ですか?」


 聞き返してくる冒険者ギルドの職員に1つ頷いて見せ、イアリアはまず、魔物避けの魔薬がどうして魔物避けになるのか、それが通じない魔物が居るという事とその危険性を説明した。

 ぎょっ、という顔を、目の前だけでなくカウンターの奥で動いていた職員達もしたので、完全に想定外だったのだろう。まぁ普通はこんな数を使わないからそれもそうか、とイアリアは内心で呟き、言葉を続ける。


「まぁ、だからね。煙自体を認識し辛くなるというか、嫌な気配はするけどその源は分からない状態にするというか、そういう工夫をしたいのよ。手間は増えて生産性は落ちるし、その分だけ普通はお高くなるのだけど、今は緊急時だし。構わないかしら?」


 まぁ要は、依頼として求められている品の上位互換でも納品対象として扱って貰えるか、という確認だった。工夫と言っているが、効果の事を考えれば完全な別物だ。実際外見でその違いは分からない程度だが、流通している物の値段は3倍ぐらい違う。

 流石に職員1人で判断する事は出来なかったのか、「少々お待ちください」と言って奥に引っ込んでいった。

 大人しく待っていたイアリアが、手持無沙汰な時間に落ち着かなくなってきた辺りで、イアリアにとってはいつもの女性職員が出て来た。その手には、何か新しい依頼書のようなものがある。


「冒険者ギルドとしては依頼は依頼ですので特例は認められません。その後の販売価格や冒険者ギルドという組織の信用にも関わりますので」

「まぁそうよね」


 そして滑らか極まる説明でまず告げられたのは、依頼は依頼なので依頼通りの魔薬を納品してほしい、という事だった。流石に上位互換を下位の物の値段で買い取っては後が大変な事になるらしい。これはイアリアも簡単に予想できたので、だから実行前に確認を取ったのだ。

 で? というように軽く首を傾げて見せると、女性職員は手に持っていた依頼書をイアリアに見せつつ説明をした。


「しかしお知らせ頂いた注意事項を鑑みて検討した結果、現状の依頼ではそのリスクが回避しきれないという結論に達しました。ですのでアリア様には新たな依頼を斡旋させて頂きたく思います」


 そう。問題なのは、上位互換の魔薬を下位の魔薬として納品される事だ。そもそもその魔薬を納品する為の、別の依頼を別枠で受けるのであれば何も問題は無い。

 ただしこちらにも問題があり、イアリアが確認した限り上位互換の魔薬の納品依頼を受けられるのは、冒険者ランクコモンレアから……つまり、今のイアリアの1個上のランクからだったのだ。

 その点はどうするのか、と思いながら依頼書に目を通すイアリア。……ランクはアンコモンだが、その代わり、「指名依頼」という一文があった。その指名先には「アリア」の名前がある。


「指名依頼とは通常の依頼と異なり冒険者ギルドが特定の分野における専門性が高いと判断した冒険者様に対して発行される特殊な依頼となります。特殊技能或いはここまでの依頼の傾向がその判断基準となり通常の依頼とは異なる基準で必要ランクが設定されます」

「……指名依頼なら断れないわね。受けさせてもらうわ」

「はい。ありがとうございます」


 なるほどこうきたかー……。と思いつつ手続きを進めて貰うイアリア。確かに、冒険者として登録する時に、特殊技能の欄に「魔薬作成」と書いた。そしてその後も、魔薬に使う材料の納品や魔薬そのものの納品依頼ばかりを受けていた。だから、依頼発行の条件自体は揃っていたらしい。

 まぁ通常は、もっとランクが上の冒険者に、更に難易度の高い依頼が来た場合に、何とか解決してもらうというか解決できそうな冒険者を逃がさない為に行われる処理なのだが。


「(緊急時だし、報酬は良いし、仕方ないわね)」


 積み上がった報酬はどうしようかしら……。とちょっと現実逃避しつつ、イアリアは新しい依頼を受け取って、また2階へと引っ込んだのだった。

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