第19話 宝石は頑張り過ぎる

 そして夕方まで上位互換な魔物避けの魔薬を作り続け、夕食を食べた後もそこそこの時間を作成につぎ込み、その日イアリアが冒険者ギルドを後にしたのは、月もすっかり高くのぼった時間だった。

 見上げる月はほとんど真円に近く、空が良く晴れている為に周囲はとても明るい。……狂魔草にとっても良い事なので、素直に喜ぶことは出来ないのだが。

 すっかりと寝静まった大通りはまるで別の世界のようだ。これで空が曇っていればランプを持って歩かないといけない程に暗かっただろう。そんな中を、相変わらず雨の日用の分厚いマントにすっぽりと全身を隠したイアリアは1人で歩いていた。


「(頭は痛いけど全く眠くないのよね。……流石に命の危険を覚えていれば妥当かしら)」


 は、と自嘲の息を小さく吐いて、今夜も徹夜だなと思うイアリア。冒険者ギルドからの紹介だけあって、さして距離がある訳ではない。すぐに宿には辿り着いた。

 ただ、ここで問題があった。どうやら大家さんが既に眠っているらしく、建物に入る為の入り口が施錠されていたのだ。……まぁそれもそうか、と、天高くのぼった月を見上げて思うイアリア。

 どうしたものかとしばらく考えてみるもののいい考えは浮かばない。自分で言うのも何だが、扉だけではなく窓にもしっかり防犯対策をしてきた。侵入は相当に難しいだろう。


「……困ったわね」


 どうせ部屋まで戻れても眠れる訳ではなく、魔道具や魔薬を作るだけなのだが、それでも朝まで屋外に放り出されたままというのは宜しくない。いくら気候的には十分暖かくなってきた頃で雨の日用の分厚いマントを身に着けていると言ったって、野宿が出来る訳ではないのだ。

 やや迷ってから扉を控えめにノックしてみるが、そこそこ待ってみても反応が無い。もちろん、文字通り叩き起こすように激しく扉を叩けば起きてくれる可能性はあるが、今は夜中だ。この時間まで戻らなかったイアリアが悪いと言えば悪い。

 さらにそこからしばらく考え、月が作る影が気のせいか伸びるぐらい考えてから、イアリアはくるりと踵を返し、今しがた通ったばかりの道を引き返していった。そのまま冒険者ギルドに入る。


「あれ、アリア様? 忘れ物ですか?」

「いいえ。月が明るくて寝付けないから、2階で作業をしていてもいいかしら?」

「えっ」


 流石に夜中ともなれば動いている職員の人数も減っている。むしろまだ起きて働いている職員がいる事自体がすごいのだが、流石にイアリアのその言葉は予想外だったようだ。

 本当の所は宿である自分の部屋に入れなくなっていたからだが、寝付けないから作業をしたいというのも嘘ではない。もっともイアリアは雨の日用の分厚いマントにすっぽりと身を包んでいるのが常なので、その言葉の真偽を判断する基準となるのは声ぐらいしかないのだが。

 冗談か本気か分からないその言葉に、「しばらくお待ちください」というお決まりの回答も困惑気味だった。……そりゃそうよね、と口の中で呟いて、イアリアは大人しく待つ。


「お待たせしました。我々としても依頼を進めて頂けるのであればありがたいので、どうぞお使いください」

「あら、ありがとう」


 まぁ断られるだろう、と思っていたところに快諾が返って来て、イアリアは半ば拍子抜けした。しかし都合がいい事には違いないので、そのまま2階へと移動する。

 今イアリアが受けている依頼は魔物避けの魔薬(上位互換)の作成及び納品だ。なのでイアリアに応じて2階に上がって来たらしい冒険者ギルドの職員に内心感謝しつつ依頼特価で素材を買い込み、そろそろ定位置になって来た小部屋へと引っ込んだ。

 後は昼間と同じだ。昼と違うのは、納品の為に1階へ降りる事すらしなかった、という点だろうか。流石にこの時間では順次納品しても、使う相手が居ないだろう、と判断したので。


「……2晩連続での徹夜なんて、久しぶりね」


 だから、そんな事を呟きつつ1階へ戻って来たイアリアは、大きな木箱を抱えていた。中身はもちろん一晩かけて作った魔物避けの魔薬である。作業自体は慣れているし、なんなら半分意識を飛ばしながらでも出来るので、相当な量がある。

 となれば、焼き固めてあり魔薬としては軽量とはいえ、相当な重量になる。なのでイアリアは木箱を1つずつ、慎重に運んでいた。もちろん冒険者ギルドの職員に頼むことも考えたのだが、何だか昨日や一昨日よりさらにバタバタしているらしく、また無理を言った自覚がある為に声は掛け辛かったのだ。

 徹夜が続いて頭の奥に痛みと痺れが居座っている。その状態での作業だった為、危険だという自覚はあった。だから慎重に行動していた訳だが……。


「っ、」


 それでも一晩中、いや、それ以前、それこそあの狂魔草の存在を知ってからずっと集中を維持していた為、身体の方はとっくに限界を訴えていたのだろう。それを半ば無意識に無視して動いていたのはイアリアだ。

 その上に、姿の見えない冒険者達、迫るタイムリミット、このままだと恐らく現実になるだろう最悪の予想と、精神に負荷がかかる条件が揃い過ぎている。いくらイアリアが理不尽にあった際、まず怒りが湧き上がる性格をしていると言っても、恐怖を感じない訳ではないのだ。

 だからある意味、その瞬間は必然だったのだろう。木箱を抱えて足元が全く見えない状態で階段を降りていたイアリアは、


「しま……っ!」


 その視界が眩暈によって揺れ、そのせいで足を降ろす位置を誤り――ずるり、と、階段の途中で、段を1つ、踏み外した。

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