第16話 宝石は早起きする
そして、翌日。いつものように朝寝をすることなく、日が昇りだすかどうかという時間に起きたイアリア。テキパキと身支度を整え、とっておきとして作った切り札的な魔薬をポーチに収める。
最後にいつもの雨の日用のマントを羽織り、しっかりとフードを降ろしてから部屋を出て、鍵をかけた。そのまま、まだ静けさを残した大通りを通って冒険者ギルドへと向かう。
この時間であれば、いくら常に賑やかな冒険者ギルドのロビーとはいえ静かになるものらしい。どうやら夜通し飲み続けて酔いつぶれた冒険者達が片隅に積み上げられているが、イアリアが初めて見るだけで、あれもいつもの事なのだろう。
「おはようございます、アリア様」
「えぇ、おはよう。特に何もないなら、西の森の様子を見てくるつもりだけれど」
「少々お待ちください」
ガランとした受付に声をかけると、そこにいた冒険者ギルドの職員は、一言断ってカウンターの奥へと姿を消した。
さして待ったというほどの時間もなく、ちょいちょいと顔を合わせるあの女性職員が一緒に戻って来た。……気のせいか、その涼し気な無表情に疲れが見える気がする。
「お待たせしました、アリア様。この時間にお目見えとは珍しいですね」
「目が覚めちゃったのよ。待ってないから大丈夫だわ」
まぁ何故目が覚めたかと言うと、この町がまず間違いなく滅ぶだろうスタンピードの発生まで3日しか無いからで、そんな状況で僅かとは言えない時間を惰眠に突っ込むだけの度胸がイアリアには無かったからだが。
「勤勉は美徳ですよ。さてアリア様。昨晩の件に際し冒険者ギルドから斡旋させて頂きたい依頼がいくつかあります。ご紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「流石に今の状態ではやる事が無い方が落ち着かないわね。えぇ、よろしく」
そういう前置きで紹介された依頼は、どれも魔薬の納品依頼だった。傷を癒す魔薬が初級から上級まで、魔物の忌避する臭いと魔力を再現した魔物避けの魔薬に、塗料に混ぜて構造物に塗ればその強度を上げる耐久強化の魔薬と、その目的が分かっている分だけ多岐に渡る。
流石に1人で全部作れという訳ではないだろうから……とイアリアは少し考え、2つの依頼を選んだ。
「とりあえず今日はこれとこれに専念しようかしら。材料はあるのよね?」
「魔物避けの魔薬と耐久強化の魔薬の納品依頼ですね。こちらも冒険者ギルドが斡旋する依頼となりますので2階を使って頂けます。また以前の味草と癒草の混同が発覚した際に冒険者ギルドが保管している素材を全て点検し直しましたので素材としては問題なく扱って頂けるかと」
「分かったわ。ありがとう」
相変わらず立て板に水という調子の説明は、さらっと割と大変な事実を軽く混ぜて流してしまう。それをちゃんと聞きとっておきながら、イアリアも敢えて触れる事なく手続きを待った。
そしてその手続きが終わるなり身を翻して2階へと向かう。
「さぁ、頑張りましょうか」
魔物避けの魔薬は恐らく、東の森の奥地へ少しでも素早く冒険者達が向かう為に。耐久強化の魔薬は、スタンピードの発生が阻止出来なかった場合に。それぞれ事前に使用する必要のある魔薬だ。特に後者は、その魔薬が完成してから塗料に混ぜて塗るという手間がかかる。
効果の方は魔薬師の腕次第とは言え、それでも新たに壁を増やすほどの効果は無い。気休めと言われても仕方ない程度だが、限界ギリギリの状況になった時に耐えられるかどうかの境界線が動く可能性がある。
最後のあとひと踏ん張りを耐える為の対策だ。もちろん、そうならないのが一番ではあるのだが。
「流石に無理があるわよ。見渡す限りの狂魔草の、花だけを全部摘み取るなんて。この町の人全員でかかっても厳しいんじゃないかしら」
つまりそういう事だ。もちろん備えをしたからと言って耐えられるかどうかは別の問題だが、それでもやらなかったから突破された、なんていうのは冗談にもならない。
なのでイアリアはまず、ある程度の量の魔物避けの魔薬を作り始めた。これはもう少しすれば起きて行動を開始するだろう、あのベオグレンと呼ばれた大男率いるクランの冒険者達の分だ。東の森の調査を依頼された事からして、まず間違いなく彼らは動くだろう。
魔物避けの魔薬は粉を練り固めたものに火を点けて使う、お香タイプの魔薬だ。なので集団で動くことを考えれば、とりあえず朝の内に20個ほども作れば最初の行動には足りるだろう。
「割としっかりした設備を使わせて貰えて、そこは助かったわよね……」
素材を刻み、砕き、途中鍋で炒る工程を挟んだりしてから磨り潰し、鍋に作っていた薬液を注いで練りあげていく。それを用意してあった型に押し込んで火にかけ、焼き固めれば完成だ。
平たい蝋燭のような塊が20個出来た所で、一度1階に降りて納品しに行く。そしてそこで、魔薬の作成でそれなりの時間が経過した筈なのに、朝方の静けさがまだ残っている事に気が付いた。
……イアリアは、自分でも気づかないうちに眉間にしわを寄せていた。それは当然、とっても、すごく、大変、嫌な予感がしたからだ。
「……随分と慌てている割に、静かね」
「そっ、そうですね……」
手続きをしてくれた冒険者ギルドの職員もこの調子だ。これはもう、実質的に確定したと言ってもいいのではないだろうか。
つまり。
……クラン、ウルフルズ。及びそこに所属している冒険者達が。今現在、この、普通なら行動を始めている筈のタイミングで。
「この町にいない」という事を、示していた。
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