第15話 宝石は対策を考える

「……ちなみに、対処法としては、どうすれば」


 そのとびきりに悪い知らせに対し、最も早く立ち直った冒険者ギルドの職員からの質問に、イアリアは少し考えた。確かに呆然としている暇はない。狂魔草自体をどうにかするとか、魔物に対処するとか、なんなら町ごと逃げ出すとか、いずれにせよ時間が無いのだ。


「まず燃やすのは絶対にダメよ。狂魔草は根っこの先から花びらの1枚まで毒があるけど、その中で一番魔物を狂わせるのは花の蜜だから。香りが広がったら終わりだと思って」

「猶予は、どれほどあるでしょうか」

「狂魔草の開花は、環境と栄養状態にもよるけど大体満月の夜よ。次の満月はいつ?」

「……3日後の夜です」


 つまりそこがタイムリミットという事だ。そして、この時点で町ごと避難するという方法は使えなくなった。片田舎とは言えそれなりに大きな町だ。安全な場所まで移動しようと思えば、1ヶ月は必要だろう。

 とすればあとは狂魔草か魔物をどうにかするしかない訳だが、魔物を狩り尽くすというのは現実的ではない。冒険者であればちゃんと準備をすれば進むことが出来た東の森だけではなく、近づくだけで危険とされる北の森にも影響があるからだ。

 つまり何とかするなら、狂魔草そのもの一択となる。が。


「さっきも言ったように、根っこの先から花びらの1枚まで毒があるのよ。触れるだけでも分厚い手袋をしないと危険だし、花に触れればその刺激で開くこともあり得るわ」

「毒には毒を持って、全部枯らすのは出来ないか?」

「油を撒いて火をつけるのと同じことが起こるわね。枯れるとなれば花を落とすし、枯れる時にも香りを出すから」

「そりゃダメだな」


 簡単に対処できるなら、ここまで厄介な危険物として扱われてはいない。冒険者の大男が案を出してきたが、イアリアは首を横に振った。

 考えるが有効な案は出てこない。それでも、方法論だけを述べるのであれば……と、イアリアは考えを巡らせ。


「……直近のスタンピードを防ぐ、という一点なら、花さえどうにかしてしまえば何とかなるのよ。香りが危険とは言え、蕾を茎から摘み取って大きな瓶にでも入れて、しっかり蓋を閉めておけばそれで安全に保管できるわ。葉にも根にも毒はあるけど、花や蜜ほどの即効性は無いし……」


 取扱注意には違いないし、未加工の狂魔草は持っているだけで見咎められる。だが、しっかり毒性を消す処理をした物であれば、かなり高級な魔薬の材料だ。もちろんその効果は強いので、加工する場合は取扱注意のままなのだが。

 もちろん花を取り除いても、その後に残る葉と根に対する対策は必要だ。しかし先程イアリア自身が言ったように、今回のスタンピードを防ぐという一点であれば、花だけを相手にすればいい。

 ただし、その場合問題になるのが、花に触れればその場で開く危険がある事と、何よりその数だ。森の中の開けた場所とは言え、視界一杯に広がる花畑となっている狂魔草の花を全て摘み取るとなれば、一体どれほどの人手と時間が必要になる事か――……。


「アリア様。狂魔草の花だけであれば大きな瓶に入れればひとまず安全を確保できるのですね?」

「え、えぇ。毒を除けば蜜を蓄えただけの花だもの。木箱はちょっと厳しいけれど、瓶であれば大丈夫の筈よ」


 そこまで考えた所で、イアリアに掛けられる声があった。はっとして顔をあげれば、冒険者としての登録をしてくれた女性職員がこちらに視線を向けている。その問いかけに、本で読んだ知識だけど、と小さく付け加えてイアリアは答えた。

 なるほど。と1つ頷いて見せたその女性職員は、そのままいくつかの質問を続けた。


「花に触れれば咲いてしまう可能性があるとの事ですが魔法ではどうでしょうか?」

「もっと危険ね。そもそも満月の夜に花が咲くというのが魔力による刺激を受けての事だから。素手のほうがまだマシだわ。本気で素手で触れたら、触れた側に被害が出てしまうけど」

「なるほど。では瓶に詰めた後どうすれば無毒化が可能でしょうか?」

「確か……真っ白くさらさらになるまで精製した砂糖か塩に、1ヶ月ぐらい漬けておけばよかった筈よ。冒険者ギルドなら、高級素材の名前で、マジックソルト、とか、マジックシュガー、って聞いた事ないかしら? あれ、狂魔草の花を漬けた塩や砂糖にその効能が移った物なのだけど」

「なるほど。聞いた事はあります。その場合漬けておいた花や蜜はどうなるのでしょうか?」

「一般に出回っていない時点でお察し、というやつね。毒性が変化して大人しくなっても、十分に効果が高すぎるのよ。下手に扱えば毒のままと変わらないわ」

「なるほど。他に塩漬け或いは砂糖漬けにする場合の注意点などはありますか?」

「……1ヶ月の間漬けっ放しでいい、という訳では無かったわね。ちょっと曖昧になってしまうのだけど、花の量によっては途中で漬ける塩か砂糖を入れ替える必要があった筈だわ。もちろんその入れ替えた塩か砂糖も取扱注意よ」


 ある意味ご禁制の品であった為、学園所属とは言え一介の生徒であったイアリアが狂魔草について知っている情報は限られたものだ。しかし通常は知っているだけで十分すぎる識者と言える。質問を重ねられて出てくる知識に、他の職員達は目を丸くしていたのだが、頭の中から記憶を引っ張り出すのに忙しいイアリアは気づかない。

 もう一度、なるほど。と頷いて見せたその女性職員は、何故か一拍置いた。そのまま、変わらない調子で問いかける。


「その無毒化された狂魔草の花及び蜜はアリア様であれば魔薬へ加工する事は可能でしょうか? またどのような魔薬に加工できるのかお聞きしても宜しいでしょうか?」


 ……一瞬、何が言いたい、と、警戒の色を見せたイアリアは普通の感性をしていて、かつ冷静だったのだろう。その女性以外の冒険者ギルドの職員が、ぎょっとした顔で視線を向けて来ていたのだから。

 その言葉をそのまま受け取るのであれば、魔薬師にとっては飯の種で命綱に等しいレシピを教えろと言う要求及び挑戦だ。到底受けいれられるものではない。

 ただし多少捻って受け取った場合、狂魔草の後始末或いは証拠隠滅は可能かという意味になる。つまり狂魔草の大量発生という異常事態を隠蔽する気であり、それに協力しろという事だ。これはこれで碌でもない。

 しばらくその言葉の意図を探るようにフードに隠した下から視線を向けていたイアリア。だが、女性職員の涼やかな無表情に変化らしい変化は無い。周囲が無言無音で慌てている様子との対比で笑いそうにすらなってきた。


「……レシピは知っているけど、実物を見る事自体が初めてだから自信は無いわね。他にも必要な材料があって、そちらがこの近辺で揃えられるとも限らないのだし。そしてどんな魔薬に加工できるかだけれど、どれもこれも、リスクと引き換えにリターンを得る類の物よ」

「なるほど。ありがとうございます」


 しばらく考え、完全にではないが否定に属する回答を返したイアリア。一応、嘘は言っていない。そのリスクの種類や程度について口を噤んだだけだ。

 何しろ魔薬と言うのは多かれ少なかれリスクがあるものであり、イアリアが大量に納品している傷を癒す魔薬でさえ、度を越して使い過ぎると魔力中毒という症状を引き起こすのだから。それに、元々が危険物だ。そのリスクが、通常の魔薬に比べれば高いのも事実だった。

 その、比較的否定、と言うべき返答を受けてもその女性職員の涼やかな無表情は変わらず、そのままくるりと壁を背にして、その場に居る全員に対して口を開いた。


「では3日で狂魔草をどうにかする為の行動を開始しましょう。流石に事態を放置あるいはこれ以上の後手に回って町を滅ぼさせる訳にもいきません。アリア様、及びベオグレン様には方針が定まり次第事態解決に必要な依頼を斡旋させて頂きたいと思います」


 いつもの立て板に水という滑らか極まる調子でそう宣言して、その女性職員は改めてイアリアと大男に向けて頭を下げた。

 ……後手に回るという意味では大分手遅れではないかしら。そう思いながら、もうすっかり日が暮れた外を思って、イアリアは頷きを返したのだった。

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