第14話 宝石は悪い知らせを告げる

 冒険者ランクが1つ上がると受けられる依頼の幅も増える。具体的には今まで自分用にのみ採って来ていたちょっと効能が高かったり採取に一手間かかったりする植物の納品依頼が受けられるようになった。

 そういった納品依頼を毎日こなし、流石に頻度を2日に1回に落としたものの傷を癒す魔薬の納品もしっかりやっているので、それなりの調子でお金が溜まっていく。

 純粋な収入だけで行けば、1日に銀貨2・3枚は稼いでいるイアリア。なお、通常の冒険者がそこまで稼ぐには、もう2つ程冒険者ランクを上げた上で危険度の高い討伐依頼を多くこなさなければならないのが普通だ。


「さて、大分お金が溜まって来たけどどうしようかしら……」


 流石に銀貨をじゃらじゃら言わせていると良からぬ輩に目を付けられるので、収入が上がったここ8日ほどは報酬からその日の食事代を抜いて全部口座に預けていたイアリア。もちろん口座に預け入れるという形で冒険者ギルドに溜め込ませている上級魔薬も着々と増えている。

 此処アッディルは使える土地が広く、翻って土地や建物の値段が安い。なので、そろそろ自分の家を買えるぐらいの金額が溜まっている筈だった。もっとも、イアリアの都合家から逃亡中の事を考えると、一か所に腰を据えるというのは中々難しい選択だが。

 使えるお金が増えた事で、屋台での買い食いではなく冒険者ギルドのロビーでしっかりした食事を食べることにしていたイアリア。今日もそんな事を考えながら1プレートの料理を食べ進めていると、ばたん! と大きな音を立てて扉が開かれた。


「お、ウルフルズの奴らだ」

「しばらく姿見なかったが何やってたんだ?」

「東の森を調べてたって話だぜ」

「魔物の動きが変わったってやつか」


 そのままどかどかと足音を立てて入って来たのは、いつか腹に大穴を空けて担ぎ込まれていた大男を先頭とした冒険者の集団だった。その中にはイアリアに直接謝りに来た男達も混ざっている。

 時刻は日が傾いて来た夕食時。冒険者ギルドのロビーにはイアリアと同じく食事や酒盛りをしている冒険者が大勢居た。そんな彼らがする話し声に応えることは無く、「どうだった」と掛けられる声にも短く手を上げるのみで、そのままその集団は冒険者ギルドの奥へと消えていった。

 その様子に他の冒険者達も妙な物を覚えたのか、食事時のそれだった喧騒がやや不穏な物を感じるものに塗り替わる。イアリアもフードの下で僅かに眉をひそめたものの、何かあればそれこそ広く周知されるだろう、と食事の続きに戻った。

 のだが。


「申し訳ありませんアリア様。少々お時間宜しいでしょうか」


 相変わらず雨の日用の分厚いマントに全身を隠し、フードもしっかりと下ろした状態で、かつロビーの隅の方で1人黙々と食事をしていたイアリア。そこへ、壁を伝うようにして目立たずやって来た冒険者ギルドの職員が声をかけて来た。

 何事? という意味を込めて首を傾げてみるが、それに対する返答はない。……まぁ十中八九、さっきの妙な様子だった関係だろう、と当たりを付けたイアリアは、残っていた食事を口の中に詰め込んだ。


「いいわ。私に声をかけたって事は、今までに見た事も無い様な奇妙な植物でも見つかったのでしょうし」

「ありがとうございます。こちらです」


 冒険者ギルドには物の品質や正体を調べる魔道具が存在する。しかしこの魔道具も万能ではない。まず第一に、使える魔石の範疇でしか情報が引き出せない事。第二に特殊な道具や素材は情報を引き出すことへの抵抗力があり、その場合はその抵抗力を越えなければ情報が引き出せない事。そして第三に、魔道具の使用者が知らない情報は引き出せない事だ。

 流石に冒険者ギルドが使っている魔道具で魔石の出力不足という事は無い筈である。そしてイアリアの心当たりが正しければ、森の調査でそんな特殊な道具や素材が見つかるとは思えない。消去法で、この近辺には存在していなかったか、人の目に触れた事のない「何か」である可能性が高い、という訳だ。

 その前提で口に出した言葉は、否定される事が無かった。つまり大よそ合っているという言外の肯定を受けて、イアリアはフードの下に隠して息を1つ吐きながら冒険者ギルドの奥の部屋へ案内される。


「こちらなのですが……」


 そしてそのさして大きくない部屋の中で、恐らくウルフルズというクランのリーダーであるあの大男と冒険者ギルドの職員数名で囲まれる形になっている、とりあえずという感じで鉢に入れられた植物を見て、イアリアは思わず動きを止めた。

 その草は、恐らく地面にあれば子供の膝丈ほどだっただろう。そのほとんどは大きく鮮やかな緑の葉で、そこに包まれ隠されるように細い茎が伸びて、そこに、その細い茎を重みで曲げてしまうほど多くの白い蕾が付いていた。

 蕾1つ1つは大人の指先ぐらいだろう。下向きに尖った丸い形は柔らかそうで、丸く膨らんだその姿は愛らしくすらある。花開けば、鈴を連ねたような姿になるだろう。


「……嘘でしょう」


 が。

 その植物を見て、硬直から戻って来たイアリアの第一声は、呻くようなそれだった。その一言を聞いて、部屋に集まっていた全員が僅かな驚きを表し、同時にその顔が険しさを増す。

 恐らく彼らにしても、イアリアが判別できるかどうかは半々と言ったところだったのだろう。そしてそれに対する答えが、思っていた以上に明確に返って来て驚いたというところだろうか。


「……いくつか、確認していいかしら」


 なので、イアリアが続けた問いには素直な回答があった。まず問いかけたのはこの植物の発見場所。これは予想通り東の森の奥地。

 次いでこの植物に触れたかどうか。それには、正体不明だったため一切触れていない、根の周りの土ごと掘り返してそのまま持って帰って来たと返って来た。

 最後に、その数はどれほどだったか。それに対する答えは。


「かなり広い開けた場所一杯に、だな。たぶん百とかそんなんじゃきかん」

「……嘘でしょう……嘘じゃないのは分かるけど……」


 直接の目撃者である冒険者の大男が答えて、イアリアは思わずフードに隠した額を押さえた。嘘でしょう、ともう一度繰り返す。

 その様子に、部屋の中の空気が一段更に深刻な物へと変化した。そもそもイアリアこと「冒険者アリア」の魔薬師としての腕前は、既に冒険者ギルド内では公然の秘密となっている。

 魔薬師として腕前を上げる為に必要なのは、紙にすれば人を殴り殺せるほどの知識量。ひたすらな努力でのみ積み上げられるそれが高いという事は人格的な信用にもつながる。だから、少なくともこの場において、イアリアの告げた内容を疑う人物はいなかった。


「……狂魔草だわ」


 それでも全員が一度は自分の耳を疑ったのは、それが、最悪を更に下回る内容だったからだ。


「私だって本で読んだだけだけど、間違いないわね。魔力による変異を誘発し、魔物を狂わせ、周囲の栄養と魔力を奪い尽くして咲き誇る最悪の毒花よ。しかもこれだけ蕾が膨らんでいてそんな数があるなら、もういつスタンピードが起きてもおかしくないじゃない……!」


 愛らしいその見た目をして、根の先から花に蓄えた蜜までその全てに毒を宿している、触れるだけでも危険を伴うとびきりの危険物。1本あるだけで周囲の生態系を乱すような毒花があまり知られていないのは、これが幻薬――中毒性の非常に高い人を狂わせる薬の原料になる為、どの国でも取り扱いそのものが厳格に制限されているからだ。

 そんな物が、森の奥に、見渡す限りに存在しているという。偶然にしては出来過ぎていて、悪意にしてはタイミングと場所が不可解だ。何せアッディルは穀倉地帯と言う名の片田舎、周囲に比べれば大きいが全体で見ると然程でもないのんびりとした町である。

 そんなアッディル、ひいては東の森が陥っているのが……下手をすれば、国の首都や国境付近の砦ですら落ちかねない程に、危険な状態だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る