第13話 宝石はランクアップする

「依頼の完了を確認しました。そしてこの依頼の完了をもってアリア様の冒険者ランクがアンコモンに上昇しました。おめでとうございます」

「思ったよりかかったわね。ありがとう」


 そこから数日、素材の納品依頼を受けて西の森で採取を行い、昼頃に納品。昼からは冒険者ギルドの2階で傷を癒す魔薬を作成。おやつ時に納品をして、そこから夜までは宿で高級魔薬を作成する、というサイクルを繰り返していたイアリア。

 そこそこ数が揃って来たので冒険者ギルドに売りつけようか、と思っていたタイミングで、冒険者登録をして貰った女性職員からそんな事が告げられた。新米冒険者としてはかなり早い昇進なのだが、元学園所属の魔法使いという認識のイアリアにとって感動は薄い。

 一方女性職員からしても、「アリア」の認識は新米冒険者ではなく素性を隠した凄腕の魔薬師だ。なので気の無い返事にも特に反応することは無く、いつもの立て板に水な調子の説明を開始した。


「冒険者ランクの上昇に伴い冒険者カードの更新が行われます。また冒険者ランクの上昇によりアンコモンの依頼を受ける事が可能となりました。そして冒険者ランクアンコモンからは冒険者ギルドに口座を開設しそこに金銭を預ける事が可能となります。この口座は冒険者カードと紐づけられている為冒険者ギルドであればどの支部からでも引き落とし及び預け入れが可能となります。ただし冒険者カードを紛失したり冒険者資格を剥奪された場合は口座が凍結されて出金には別途手続きが必要になります。また凍結された口座は一定期間以上操作が無ければ冒険者ギルドに接収されます」

「口座の開設、ね。便利には違いないだろうけど、それ、維持費ってかかるの?」

「維持費として金銭を要求する事がありませんが、月に1つも依頼が完遂されていない場合は警告が送られ、警告が3度行われると口座が凍結されます。凍結された口座を再び利用可能状態に戻す為には月に5つ以上の依頼完遂が必要となります」

「お金を預かってくれるのは真面目に働いてる人に限るって事ね」


 イアリアもだいぶこの滑らか極まる説明に慣れて来た。というか、学園の講師に似たような速度で説明をしながら、同時に同じだけの密度の板書をする人物が居た事を思い出したのだ。この口調の倍の速度で書き取りをしなければならなかったので、それに比べればまぁ何ということは無い、という感想を抱くようになっている。

 それに喋る速度こそ速いものの内容としては非常に分かりやすい部類に入る。なのでその速度に慣れさえしてしまえば、むしろ手早く必要な事を伝えてくれる親切な説明だった。

 しかしそもそも預けなければならない程の大金が無いので、利用するのはまだ先の話になりそうだ、と思ったイアリア。その分厚いマントと下ろされたフードに隠れている筈の気の無い様子を読み取ったのか、あるいは単なる説明の続きか。女性職員はこう続けた。


「なお口座には稀少な素材などの貴重品を預け入れる事も可能となっております。現金以外の貴重品の場合直接そのものを支部から支部へ移動する事は出来ませんが、必要に応じて冒険者ギルドに売却あるいは冒険者ギルド主催のオークションへ出品する等の方法で現金化する事が可能です。ただしこの場合貴重品を預け入れている支部で月1つ以上の依頼を完遂するか、支部を問わず月3つ以上の依頼を完遂していなければ同様に3度の警告の後貴重品の操作が凍結されます」


 その説明に、ん? とちょっと首を傾げたイアリア。内容を噛み砕いて理解した所で、さらにいくつか質問を重ねてみた。


「……貴重品も預けておけるの?」

「はい。すぐに現金化する事が難しい魔物の素材であったり入手できるタイミングが限られている希少な植物であったりする場合に、それらを加工あるいは売却する準備が整うまでひとまず冒険者ギルドの口座に預け入れられていかれる冒険者の方が多いですね」

「それって、加工品でも構わないのかしら?」

「はい。遺物とみられる魔道具や遺跡から発掘された特殊な装備であっても貴重品として管理させて頂きます」

「で、お金が必要であれば連絡1つで売却できる、と」

「はい。ただし他の支部で活動中である等預け入れた支部から離れている場合は該当支部に連絡が届いてからの売却手続きとなりますので、手続及び連絡にかかる時間分だけの遅れが発生する事をご了承下さい」

「それは仕方ないわね」


 変わらない調子で返って来た答えに、ふむふむと頷くイアリア。そして然程なく「稀少な素材や道具をお金さえ出せば手に入れられる位置にキープしておける」という冒険者ギルド側のメリットに考え至った。

 ……そしてそのメリットが、自分で決めた覚悟にとってもメリットである、という事にも。

 マントとフードの下に隠した顔でしばらく考え、ふむ、とイアリアは1つ息を吐いた。


「貴重品でもいいなら、置かせてもらおうかしら。万が一に備えた魔薬は作っておきたいのだけど、流石に運び歩くのは大変なのよね」

「なお、預け入れの際に冒険者ギルドによる査定を行っていただければ更にスムーズな現金化が可能です。また、品物の詳細が分かる事により適切な管理を行いやすくなる為より長期間の品質維持が可能となる事に加え、何らかの理由により紛失してしまった場合の保証金に補正が付きます」

「じゃあ後で査定もして貰おうかしら。まぁいくら効果が高い魔薬と言ったって、それこそスタンピードでも起こらない限り冒険者ギルドが勝手に使うなんて事は無いでしょうし」

「それはもちろんです。冒険者ギルドとしても通常販売品として扱う為には安定した供給の確保が必須ですし、その為の倉庫とはしっかり分けてあるのでご安心ください。冒険者の方々との信頼関係にも響きますので警備の方も厳格に行っております」


 まぁつまり、そういう事だ。

 その日イアリアはざらざらした石からつるつるした黒い石に質感の変わった冒険者カードを受け取り、口座を開設し、とりあえず作れた分だけの上級魔薬と、使い捨ての魔道具の一部を鑑定書付きで預け入れた。

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