第12話 宝石は異常に対する覚悟を決める

 素材を採って来た日はそのまま魔薬と魔道具の作成をやっている内に暮れてしまい、身を守る手段が増えた所で収入は増えなかった。それに魔道具といってもマナの木を小さな板状に加工して魔法陣を刻み込み、小さな魔石をはめ込んだ使い捨てのものだ。もちろん魔力の消費も捗っていない。

 かと言ってあまり数を作っても今度はその魔道具をどうやって消費するかという問題が出てくる。内部の空間を歪ませて見た目以上の容量を持たせた魔道具の鞄は存在しているが、その素材の入手と加工の難易度が非常に高く、それが反映されたお値段は気軽に手が出るものではない。


「(犯罪にも使えるものだから、しっかりとした身元の保証が無いとそもそも売ってくれないのよね。それこそ冒険者ランクがかなり上、だとか)」


 という事なので、とりあえず今日は新米冒険者らしく素材の納品依頼でもこなそうかと思いながら、日が高くなって人気の少なくなった冒険者ギルドの依頼書が貼り付けられた壁へと向かったイアリア。

 まだイアリアの冒険者ランクはコモンのままなので、受けられる依頼はコモンの物に限られる。危険なところに足を踏み込む気はさらさらないので、安全な代わりに報酬が少ないのはまぁ仕方ない。

 しかし流石に庭の掃除や屋根の修理をする気にはならず、結局恒常依頼となっている癒草の納品依頼と、昨日自分でも採取に行ったミスティックベリーの納品依頼の依頼書を壁から剥がしてカウンターに持っていったイアリア。冒険者カードを添えて提出すると、手続きは思った以上に簡単に済んだ。


「町の外に行かれる場合は西の森に向かうようにしてください。現在東の森は北の森と同じく進入制限が掛けられており冒険者ランクレア以上の冒険者によるパーティ以上のみが進入可能となっております」

「分かったわ」

「また魔物の活動範囲が変化している可能性が高く西の森であっても森の奥には踏み入れない事をお勧めします。森の入り口付近であっても活動する場合は周辺の様子にお気を付けください」

「ありがとう」


 手続き自体は簡単に済んだが、冒険者カードを返してもらう際にそんな注意がくっ付いてきた。どうやら魔物の活動に関する異常は収まるどころか悪化しているようだ。

 そして同じような注意を南の門から出る時にも受けた。こちらはどうやら冒険者ではない人の出入りを止める所までやっているようだ。……そのまま草原に出てみてから周囲を見回すと、確かに今まではちらほらと居た人の姿がほとんど見当たらない。

 魔法使いであれば原因を調べる事ぐらいは出来たのに――という考えがよぎり、イアリアは頭を振ってその考えを払い落した。


「(今の私は魔石生み。素性を隠した新米冒険者。そんな大問題、首を突っ込んだらそれこそ即座にこの町から逃げ出すぐらいはしなければいけないわ)」


 ぐっと雨の日用の分厚いマントのフードを引き下げて深く顔を隠す。この分厚く重たいマントを自分の部屋の中ですらほとんど脱ぐことのない理由を思い出す。目立つな、と自分に言い聞かせて顔を上げると、西の森はもう目前に迫っていた。

 元々イアリアは、自分が無力である事が嫌いだった。それは生まれ育った村から問答無用で引き離された時に、そして引き取られた先の男爵家からこれまた力づくで伯爵家へ連れ去られた時に、己の無力をこれでもかと呪ったからだ。

 だからこそ様々な嫌がらせに屈することは無かったし、魔法使いとしての研鑽だけではなく山ほどの知識を頭に入れる事に余念が無かったし、自分が魔石生みになったと分かった瞬間に、下手をすれば生涯をかけての逃亡を選ぶことに躊躇いが無かったのだ。


「……全く、ままならないものね」


 そして逃亡したその先で、再び自分の無力さを突きつけられて。イアリアはその苦い味に思い切り歯を食いしばって耐えながら、それでも出来る事をやるために、西の森へと踏み込んだ。

 魔物の行動が変化する理由はいくつか考えられるが、いずれにせよ戦闘になることは避けられない。そして戦闘になれば、傷を癒す魔薬はいくらあっても足りないだろう。それは初歩的なそれだけではなく、それこそ腕を斬り落とされても即座に繋ぎ治せるような効果の高い魔薬だって必要だ。

 幸い、イアリアには魔薬に関して、ザウスレトス魔法学園に蓄積されていた膨大な量の知識を詰め込めるだけ詰め込んでいる。その中には、それこそ魔法か奇跡のような効果を持つ魔薬の作り方も含まれていた。


「いいわ。やってやろうじゃないの」


 もちろん材料を調達する難易度も、作成に係る手順の難易度も段違いだ。その知識自体が高級品である事もあって、数が出回らない上に1つ1つが桁違いに高い。

 そしてそんな魔薬を作れる人材と言うのは大抵国と言う組織が抱え込んでいて、入手のし辛さに拍車をかけている。だから恐らく、言い方は悪いが、こんな片田舎の冒険者ギルドにそんな魔薬の在庫は無いか、あってもごく少数だろう。

 ただし。それは当然、通常の販売経路で入手しようと思った場合の話だ。


「相手が何であろうと、町を動かすのは無理があるわ。どうせ引けない戦いになるんなら――」


 繰り返しになるが、イアリアは自分が無力である事が嫌いだ。付け加えて言うと、誰かに行動を強制される事も嫌いだし、そのせいで誰かの大事な何かが失われるのも大嫌いだ。

 さらに言えば、イアリアは悲しい事が起こった際に、涙よりも怒りが湧いてくる性格をしている。それに自分で決めた逃亡劇とは言え、逃げ続けの隠れ続けで「立ち向かえない」という状況に、かなりのストレスが溜まっていたらしい。

 結果。西の森で採取をしながら、イアリアはこの異常に対して、かなり相当早い覚悟を決めていた。


「――せめて仲間を庇って腹に大穴空けるようなおバカさんぐらいには、最高級魔薬を湯水のように使わせてあげる」


 ……人、それを、八つ当たりと言う。

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