第11話 宝石は森の恵みを採りに行く

 そこから10日が経過して、イアリアは毎日50本の魔薬を納品し続けて調理器具や素材を入れておく箱などを少しずつ買いそろえていた。自分の稼ぎで充実していく部屋に中々の達成感を感じていたのは秘密だ。

 あの冒険者が大怪我を負って担ぎ込まれてきたようなことはそれ以来起こらず、過ぎていく日々としては平和と言っていいだろう。そしてわざわざイアリアにお礼を言いに来た冒険者達から聞いた話では、改めて冒険者ギルドの方から癒草と味草の違いについて説明があったそうだ。

 そしてそれ以降、イアリアが作ったもの以外の魔薬の効果も元に戻ったらしいので、癒草と味草を間違えて納品するという事は、少なくとも減ったのだろう。


「(まぁ端を齧るか、1日放置すればすぐ分かる事ではあるけどね)」


 となると、そろそろ違う収入源を考えた方がいいだろう。という事で、イアリアは車輪と取っ手が付いている運搬用の箱を買って、そこにいくつかの籠を乗せ、西の森へと踏み込むことにした。目的は自衛用の魔薬を作る材料と、魔道具を作る材料を採るためだ。

 魔道具とは、基本的に魔石を動力源として魔法に近い効果を表す道具の事だ。中には何故動いているのか分からない妙な道具を魔道具と言う事もあるが、こちらは大抵何時滅んだか定かではない遺跡から見つかる為、遺物と呼んで区別される。

 なお魔石とは魔力が石の形に固まった物の事を指し、魔石生みが作ったものも、自然に魔力が溜まって固まったものも、魔物を倒した際にその身にあった魔力が変化するものも、区別なく魔石と呼ばれている。


「(だから冒険者ギルドは強いのよね。魔物を倒して出てくる魔石を買い取っているから、国が発見次第1人残らず抱え込む魔石生みに頼らなくてもいいのだし)」


 そう思ってから……もしかしたら、自分のような国に捕まりたくない、大量の魔力を持った魔石生みが所属しているという可能性もあるのでは? と思い至ったイアリア。そうであれば、国から守って貰える可能性は上がるだろう。

 まぁもちろん組織同士の取引によってはそのまま引き渡されてしまう可能性もある訳だが……とにかく、もうちょっと冒険者としての立場をしっかりさせなければいけない事に変わりはない。

 そのためにも、と気合を入れ直し、暗く日の陰る森の奥に視線を向ける。マントの下に並べた魔薬の位置をもう一度確認して、イアリア自身はギリギリ入れない大きさの車輪・取っ手付きの箱に不備がないか確認。


「できればマナの木があればいいんだけど、せめてミスティックベリーぐらいは見つけたいわね……」


 マナの木は魔法使いの杖などに使われる、魔力へ適応するという変異が起こった木の事だ。その為魔力の伝導率が非常に高く、魔道具をマナの木で作る事が出来れば、それだけで質の良い魔道具となる。

 またミスティックベリーは、魔力をより多く蓄える変異が起きた木の実の事だ。こちらは魔薬を作る際に加える事が出来れば、その性能が大きく上がる。特に自衛用と言う名の危険物である爆発する小瓶などは、込めた魔力の量がそのまま威力になるので違いが分かりやすい。

 ついでに小型の魔物ぐらいを仕留める事が出来れば、魔石の供給源を誤魔化す事も出来るだろうか、と思いつつ、車輪を大きく作ってあるために森の中でも獣道を辿れば動かせる箱を引いて踏み込んでいく。


「まぁ食費を浮かせるという目的もある訳だけど。それにしても、こんなに癒草は生えているのにどうして味草ばかりが納品されていたのかしら」


 歩きながら癒草の葉をむしり、茂みから木の実を採り、周囲を警戒しながらも順調に箱の中を埋めていくイアリア。魔法使いとして学園に所属していたころに、素材採取兼実習として近くにある森に何度も足を運んだ経験が生きている。

 首を傾げながらもその足取りに迷いはなく、周囲に注意を傾けながらも的確に片手で引く箱が通れる場所を辿っていく。そんな風にしばらく進んだところで、イアリアは1本の木の前で立ち止まった。


「良かった。マナの木があったわね。……まぁ、これだけ大きな森に1本も無いとは思っていなかったけど」


 森の中でもまっすぐに伸びた幹と広がる枝。その先にわさっと生えている葉は肉厚でほぼ真円。魔力へ適応するという変異が起こったその木は、栄養が無くても魔力があれば育つという特徴がある。

 だから荒れ地を開墾する時などはまずマナの木を植えて環境を改善する事から始めるのがこの世界において基本的な手順だ。

 そして魔力があれば育つという事は、少々枝を折ったり葉をむしったりしても魔力を与えればすぐ元に戻るという事でもある。ので。


「えい」


 木をよじ登って、持ってきた手斧を適当な枝に叩き込むイアリア。そのまま何度か重さに任せて刃を叩きつけると、バキッと音がして枝が落ちた。それを繰り返し、箱に入るだけの枝を折り落とす。

 そこで一度地面に降りると、今度は幹に手斧を叩き込んで、樹皮を剥がし始めた。幹の半分ぐらいの面積を分厚く引き剥がして箱に入れる。

 普通の木なら間違いなく枯れてしまうダメージだが、イアリアは小さなスコップを取り出すと、マナの木の根元に小鍋が入るぐらいの穴を掘った。スコップを置いて、その穴に手をかざす。


「[大地よ富め。栄養を抱え、命を育め。満ち満ちるまで]」


 魔法使いであれば、土地の健康状態が一定になるまで魔力を消費し続ける形の土壌改良魔法が発動する。現在は魔石生みとなったイアリアがこの魔法を発動しようとすると、どうなるか、というと。

 かざしたイアリアの手から、ざらざらざらー、と、黄色い宝石の形をとる、1つ1つは親指の爪程の魔石が、滝のように零れ落ちていった。

 それはあっという間に小さな穴を埋めて、こんもりと山を作る。そこでイアリアは魔力をストップした。魔石の滝が止まる。


「……やっぱり大して減った気がしないわね。もっと勢いよく使わないとダメかしら。どうやって使うかは思いつかないけど」


 そんな事を呟きながら、穴を掘って出てきた土を魔石の山にかぶせて埋めるイアリア。魔石とは魔力が石の形に固まった物なので、それを根元に埋めておけば勝手に吸収して治るだろうという事だ。

 そして十分な収穫があったので、イアリアはここで一度町に引き返したのだった。

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