宝石は過研磨を断固拒否する

第10話 宝石は調べる

　魔法とは。

　魔力と言うエネルギーを消費し、術者がイメージした現象を発生させ、世界を上書きする不思議の事だ。

　そもそも魔力というものは存在からして不明な点しかなく、使用者の意思によってのみ制御される。

「まぁそれも、神様の力の欠片だっていうのなら、当然よね」

　そんな世界の真実はともかく。

　イアリアは元々生まれながらに魔力を有する魔法使いであり、属霊との契約や、その属霊への邪神の干渉があったりした末に魔石生みになったものの、魔法使いを育成する為の学園に通っていた。

　魔法使いを育成する学園なのだから、当然、その主たる内容は、魔力の制御であり、安定して魔法を使う為の訓練だ。魔法使いはそのまま魔力が尽きるか定年を迎えるまで国の軍に編入される為、そちらの教育もあったが、主題は魔力及び魔法を上手く使う為の訓練となる。

　そして、少なくともイアリアが習い、暴発を防ぐ為に無意識でも行うように自らに擦り込んだその制御方法は、魔法式と言う。属性、射程、威力、発動座標等を数字と記号で表し、その組み合わせで魔法を構築する手法だ。

「これも間違いなく思い込みだし、少なくとも師匠はそんなもの絶対に意識してないのだけれど」

　だが同時に、それは「現在の」主流とされる制御方法だ、という事も、イアリアは知っている。その生き証人みたいな師匠こと「永久（とわ）の魔女」ナディネの無軌道、もとい自由自在な魔法を見れば分かる、ではなく、それを歴史として学んだからだ。

　そしてその中に、力ある言葉を用いた魔法、というものがある事も知っていた。具体的には、特殊な筆記具で綴られた、魔導書と呼ばれる冊子を媒体とした魔法だ。その媒体となる冊子には教会の聖書も含まれる為、教会に所属している魔法使いが好んで使ったと伝えられている。

　魔導書が何故廃れたかといえば、媒体となる冊子によって威力の変動が大きい事、性能を求めた結果冊子が大きく分厚くなっていき、携帯性が無くなった事等があるが、トドメとなったのは「媒体破壊魔法」の発明だったようだ。

「ま、だから媒体の要らない魔法式が主流になって、今はそれが主になっているのよね。……とはいえ」

　故に現在は、媒体である杖はあくまでも発動の補助であって主体ではなく、身１つで発動できる。だからイアリアは杖を持っていない。……そこに深い意味は無く、どんな杖がいいかを考えている間に、資金や素材の調達が面倒になって、次第に考えなくなっただけなのだが。

　さて、それらを前提にイアリアがこの、ベルらしき謎の道具を調べて見た結果、やはりこれは機能を失っているだけの魔道具である、という結論を出した。

「本体は銀、持ち手はマナの木。持ち手と本体にそれぞれ刻んであるのは、たぶんだけれど、聖書の一説ね。祈りの言葉かしら」

　イアリアが謎の道具を調べるにあたってまずやったのは、いくつかの魔薬を組み合わせ、柔らかい布や普通の錆び落としも使って、謎の道具を磨き上げる事だった。その結果、全体的に黒ずんでいたベルのようなものは、木の持ち手に銀の本体を取り付けたものだと判明。

　またその持ち手と本体にそれぞれ何か、輪になるように刻まれているものがあると分かって、そこを重点的に手入れした結果、だいぶ掠れて途切れている部分も多いところ、模様ではなく文字だとイアリアは判断した。

　教会に、祝福を行う時に使われるもの、として伝わっている事も踏まえれば、これは聖書に関する何かだろう。魔導書全盛期時代には、聖書を用いた魔法使いも多くいた。その時代に作られた魔道具であれば、作り方も似たようなものになる。

「で、問題はどこに魔石を取り付けるか、だけど……」

　そこまでは良かったのだが、イアリアがその謎の道具を磨き上げて調べた限り、そのベルの形をした魔道具には、舌（ぜつ）と呼ばれる、音を鳴らす為の部分が無かった。外れたとか失われたとかではなく、それを取り付ける為の構造自体が存在しないのだ。

　持ち手にも本体にも、魔石を取り付けられそうな場所は無い。だからイアリアは、魔石を取り付ける場所として一番ありそうなのは舌だ、と判断していたのだが、ここにきて舌そのものが無いというのは、完全に想定外だ。

　とはいえ、まさかこの形でコップ等には使わないだろう、と考えるイアリア。一応刻まれている文字の上下を確認するが、ハンドベルとして使う時の向きに全ての文字が揃っている。つまり、使い方としては、ハンドベルで間違っていない筈だ。

「……。とりあえず、刻まれている文字の解読をお願いしましょうか」

　聖書あるいは聖句に関する事であれば、自分で調べるよりも神官に聞いた方が早い。そして刻まれている文字の内容が分かれば、そこから正しい使い方が読み取れるか、推測ぐらいは出来るかも知れない。

　ベルなのに舌が無い、という構造の謎は一旦横に置いて、イアリアは手すきの神官を探しに行くことにした。