第10話 宝石は予想する

 正確な時計があってもなお時間感覚がおかしくなりそうな状態で、それでもイアリアは「百年遺跡」を探索し続けた。毎日遭遇する下向きの階段は完全に無視しながら。

 それでも疲労はするものだし、全く変わり映えのしない景色が延々と続くのは精神にくる。なのでイアリアがそれに気付いたのは、こちらも毎日1度ペースで移った先の部屋で休む態勢に入ってからだった。


「……そういえば、今日は階段を見なかったわね」


 そう。行き止まりに待っているならまだしも、道が交差している場所や部屋の横にぽっかりと口を開けていた下向きの階段が、今日の探索では遭遇しなかった。本来階段は動くものではないので遭遇は正しくない、というのはさておく。

 まぁ気付くには気づいたものの、その時点でのイアリアは疲労が限界だ。魔石を加えて調合し直した魔薬を飲んだりだいぶ慣れてきたマッサージをしたりして出来るだけ疲れを取り、柔らかいベッドに倒れ込めばそのままぐっすりである。

 とはいえ、流石にいつもと同じ時間をぐっすり眠って起きた時点で、イアリアは昨日の気付きをちゃんと拾い直していた。


「遺跡の構造を変えるのにも、何か制限があるとすれば……。……もしかして、近くに誰かがいるのかしら」


 眠気覚ましを兼ねて準備運動をしながら考えた結果、遺跡の構造を変える、という条件でありそうな制限を考えた結果、人の気配あるいは視線、という結論に至ったイアリア。何故なら少なくとも今までの不自然な階段も、イアリアが見ている範囲では動かなかったからだ。

 時々氷漬けにした分に至っては、その魔力の気配がちゃんとその場に残っている事も確認している。……ただし、一晩眠って起きたら消えているのが常だったのだが。

 とはいえ、イアリア1人では知覚できる範囲も知れている。それが動かなかったという事は、イアリア以外にその制限となる、構造の変化を観測、あるいは近くできる存在が近くにいる、という事になる。


「ようやく、本当にようやく、他の人がいる範囲に来れたわけね」


 もちろんまだ可能性でしかないのだが、それでもここまでの事を考えれば大きな希望だ。声も弾もうというものである。

 ……のだが。ここでイアリアは、パン! と強く自分の両頬を挟むように叩いた。


「落ち着きなさい。相手は心にすら干渉してくる正体不明の相手なのよ。少しでも気を緩めればそこにつけこんでくる最低な相手でもあるわ。いいこと? 気を緩めてはダメ。少なくとも、この「百年遺跡」から出るまでは。たとえ出れたとしても、師匠が来るまで油断してはいけないわ」


 細く長く息を吐き出し、自分に言い聞かせるイアリア。自分の心の動きすらも信用できないものと判断して、がっちりと己の行動を事実によって縛り、不確定要素を可能な限り排除する考え方だ。

 ……確かに正体不明の相手であり、その能力は脅威なのだが。それに対応できるどころか、対策を取ってことごとくその干渉を無視したり跳ねのけているイアリアも相当である。というのは、もちろん本人には分からない。

 それはともかく。心の動き、感情を無視して事実だけを並べて再び現在の状況と、ここからの予想を行うイアリア。まぁだが、階段が不自然な出現をしなくなったことの理由は、他の誰かがいるからである、という可能性が高いのは確かだ。


「……でも、相手が正体不明なのよね。それに「招待状」はちゃんとしたものだったけれど、その運び手はあれだったから……」


 イアリアの目的は地上に戻る事であり、もっと言えば自分を探している筈の師匠である「永久とわの魔女」ことナディネに見つけてもらう事だ。更に言うならその保護下に戻る事である。

 そしてその場合の障害になりそうな要素は、と考えたところで思いついたのは、ここに来る理由である、グゼフィン村で発生した、「魔力を持たない筈の人間が起こした魔力暴走」だ。

 その時に気になる単語を口に出していたが、それは一度置いておくとして。あの男は、話が通じない状態になっていたものの、サルタマレンダ伯爵領の保有戦力、領軍に所属しているのは確かだった。


「……サルタマレンダの領軍にも、それなりに影響が出ていると見るべきかしら」


 その範囲は分からないが、影響が出ている実例があった。ならその範囲がそれ以上に広がっている、と想定するのは、当然の事だろう。

 なおイアリアは一応サルタマレンダ伯爵令嬢ではあるが、ほぼほぼ外に出たことはないので、その顔を知っている人間は非常に限られる。だがだからと言って、そのままの顔を見せても気付かれないという事は無いだろう。

 直接知っていなくても、髪の色と瞳の色、そして年頃ぐらいは知れているだろうし、その全てが合致する確率はかなり低い。まぁだからこそイアリアは「冒険者アリア」として活動している間、頑なに雨の日用のフード付きマントを脱がなかったのだが。


「なら、小細工ぐらいはしておくべきね」


 流石に不審者として問答無用に捕らえられる、という事は無いと思いたいが、少なくとも今までと比べれば自分にも怪しい点が多い、と判断したイアリア。

 今日は探索を止めることにして、出来るだけ「冒険者アリア」から伯爵令嬢イアリアが連想できにくくなるように、本人曰くの小細工を自分に施すことにした。

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