第9話 宝石は歩き続ける

 そこからもイアリアは、毎日違う方向を探索しているのに1日1度ペースで遭遇する下向きの階段を無視して探索を続けた。流石に1度、十字路の真ん中に下向きの階段が口を開けているのを見た時は、水属性の魔石を即席の爆弾に変えて、巨大な氷を出現させて埋めたりしたが。

 ざっくりした距離と方向を書き出して平面図にしただけの手書きの地図も、既に何枚もの枚数に渡っている。「百年遺跡」の地図はそれなりに良い値段で取引される、とイアリアは知っていたので、これも構造自体は小金になるだろう。

 もっとも流石にイアリアも、あの不自然極まる下向きの階段は書き込んでいない。イアリア以外がここに来た場合、本当に階段があるかどうかは分からないからだ。


「そもそも、まともな階段かどうかも怪しいもの。興味もないのに押し付けられるものは、その価値は別として邪魔でしかないわ」


 という訳で、3回目の下向きの階段を発見してから、「百年遺跡」内の時計で1週間が経過した。イアリアは途中から方針を変更し、あの洞窟から見て反対側となる方向を選んで進んできている。

 理由はといえば、イアリアが知っている「百年遺跡」の入口、最初に見つかって一番冒険者の出入りが多い場所は、ここエルリスト王国西部であるサルタマレンダ伯爵領、その中央南あたりだからだ。

 イアリアが空間異常による(もしくは、それに見せかけられた)転移で出現した洞窟は、「百年遺跡」の東側にあった。その端に当たる太陽が見える穴から見えた角度的に、洞窟全体をやや南西に進んできた先に「百年遺跡」がある事になる。


「だから、あの洞窟は「百年遺跡」の北東に当たるのよね。中心部に近づけば近づくほど人の行き来が多い筈だから、南西に進めば中央に近づくと思うのだけど」


 あの下向きの階段との遭遇があった以上、この地図もどれだけ正確になるかは不明だけれど。等と呟くイアリア。そう。階段を出現させられるという事は、構造に干渉出来るという事。だから地図を作ってはいても、同じ場所をぐるぐる回るように仕向けられている可能性もある。

 一応イアリアは、主に曲がり角や利用した部屋に目印を付けている。一度しか探索していない場所につけた目印と再び遭遇する事は今の所無いが、消されていたって気付けないだろう、とイアリアは思っている。

 何しろ相手は遺跡の構造を好きに変えられるのだ。そこにどれだけ制限もしくは自由度があるのかは分からないが、たとえば目印をつけた壁だけを入れ替えてしまえば、いくらでも迷わせることが出来るだろう。


「まぁそれ以前に、多少とはいえ意識に干渉できるのだから、目印があっても意識できなければ同じかもしれないけれど」


 相手の正体も、能力も、目的も、何も分からない。それは、シンプルに脅威だった。

 しかし。


「それにしても、本当にやり方が陰湿で最低なのよ。人の事をつけ回すような真似をして、挙句に思考への干渉って洗脳じゃないの。最悪通り越して論外の、外道な方法だってどうして理解できないのかしら」


 イアリアは、まぁ。言ってしまえばその程度の……「ただの脅威」で臆するような性格は、していなかった。だからこそ、何週間も地下に居ても平常を保っているし、柔らかいベッドがあると言っても構造をいじる能力が持った相手がいる場所でぐっすり眠れるのだが。

 当然、それは消耗していないという事ではない。疲れも抜けきらずに溜まりつつある。リラックスには程遠い。それにいくら広さを感じて明るいと言っても、閉鎖空間に長時間いるというのは凄まじいストレスだ。

 のだが……少なくとも。イアリアの戦意は、増すことはあっても失せる事は無かった。何故ならイアリアは理不尽が。それも、他人から強制され、己の意思を無視されて行われる全ての行動が


「――――もういっそ、「百年遺跡」ごと吹き飛ばす事も考えるべきかしら」


 死んでも嫌、と言い切れるほどに、嫌いだからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る