第8話 宝石と待ち人達

 で。


「お弟子――――!!」


 案内された先で、部屋の扉が開いた途端に飛び出してきて抱き着いてきた師匠、もとい「永久とわの魔女」本人であるナディネはもういい。と、イアリアはどうにかその場に踏み止まりつつ、甘んじてそのギリギリ苦しくない限界の強さの抱擁を受け入れた。

 その抱きかかえられた姿勢のままずるずる部屋の中に引っ張り込まれたのもいつもの事だし、その部屋の中に2人の兄弟子がいて、疲れた顔をしているのも想定内だ。恐らくは、飛び出して行こうとするナディネをギリギリまで抑えていたんだろうし。

 ただ想定外だったのは、引っ張り込まれた先のソファーでさらっと膝の上に乗せられた事、もいつもの事なのでそれはいいとして。そのソファーの正面に、座っている人物がいた事だ。


『もはや安心感すら覚えますが、大聖堂の中で魔法を使わないでいてくれてありがとうございます、ナディネ』

「大事な仲間との約束だもの~。それぐらいは守れるわよ~」


 通常の神官は白い神官服であり、聖獣を信仰する場合はそこに、赤、青、緑、黄の差し色が入る形だ。何故なら創世の女神の司る属性は光と闇。それに対応する色は白と黒であり、その両方をただの神官が身に着けるのは恐れ多い。という理由だからである。

 ただ目の前の人物が着ているのは、黒の差し色が入った。白黒の服だ。基本的な布の量も多く、袖口を見る限り何枚も重ねて着ている。貴族のドレスとどっちが重いかしら。等と、イアリアはちょっと現実逃避した。

 そう、現実逃避だ。何故なら、白と黒を同時に身に着けられるのは、非常に特別な立場の人間だけ。……もっと言うなら、少なくとも建前上、全ての信者を束ねる、最も位の高い人物。すなわち、教皇だけだからだ。


「(どういう事?)」

「(思った通りだよ。師匠の「お仲間」だ)」


 ナディネの膝の上に抱えられ、ぎゅむぎゅむと抱きしめられている状態のまま、兄弟子のジョシアへと目で問いかける。が、返事は同じく目線で、端的に返って来た。

 「お仲間」というのは、ナディネの弟子なら1度は聞いた事がある話だ。酒に酔った時という訳でもなく、何かの記念日という訳でもなく。毎日の生活を、何気ない日々を過ごしている中で、時折零される欠片のような話である。

 どうやらナディネは昔……と言っても、それが具体的にどれほど前なのかは分からないが……それこそ冒険者のように、極少人数で旅をしていた事があるらしい。そして、その時一緒に旅をしていた相手こそが「大事な仲間」であり、少なくともイアリアは、ナディネが自分の弟子以外に「大事」と形容する、唯一の存在だと認識している。


『それで、その子が今回こちらに来た発端だという?』

「そうよ~」


 当然ながら、その「お仲間」の1人が、教皇だとは思ってなかったが。

 ついでに言えば……その教皇が、何やら魔力を感じる、つるりとした表面に線だけで書かれた顔のようなものが浮かび上がっている仮面をしているとは想像もしなかったが。

 しかもその線だけで書かれた顔、教皇が喋るたびに、本物の表情のように動くのだが。目だって縦長の丸だし眉毛と口しかないが、口は喋るたびに丸くなるし黙ると横線になる。眉毛らしい線もひょこひょこ動く。

 ……なお、その前に置かれているのがカップに入った紅茶ではなく、ストローのついたジュースのコップであるのは意識的にスルーしたイアリアである。「お仲間」という事は、少なくともナディネとの話し合いは、気を許せる相手であり色々取り繕う必要が無いのだろうし。


「あっ、そうだった。お弟子、この子はね。今は教皇をしているけど、本来は「聖女」だったマルテちゃん」

『……ちゃん付けするのはもうあなたぐらいですよ、ナディネ』

「今も私にとっては可愛い女の子だもの~。でね、私の腕と同じく表情を持っていかれちゃって、あの仮面でギリギリ緩和しているのよ~」

「今知っちゃいけない話が混ざって無かったかしら師匠」


 何だかとても物騒な単語が混ざっていた気がする。と思ってつい反論しつつ、素早くジョシアに目を向けるイアリア。そこにいる兄弟子は……全力で視線を逸らしつつ「聞かなかった事」にしようとしていた。

 私もそっちがいい、とかなり切実にイアリアは思ったが、話の中心にイアリアがいるのはもう変わらない。何故なら話の流れ的に、イアリアが魔法使いから魔石生みになった事が、そもそもの始まりだからだ。

 ……そこで、なら全力で巻き込むしか無いわね。という方向に切り替わる辺りが、本当に何というか、イアリアの性格が良く出ている、という話になるのだが。

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