第9話 宝石は備える

 無毒化の条件の内容についてのあれこれはさておき、条件が分かった事自体はとても喜ばしい。たとえ外に出す事の出来ないものが増えるとしても、魔力を大量に消費できるのも良い事だ。

 なのでイアリアはそこから3週間をかけ、狂魔草を無毒化するのに必要な魔石の量と時間を調べた。最終的に、同じ部位ばかりを集めて魔石に詰め込んでおくのが一番効率がいいと判明し、大きな瓶に解体した狂魔草を入れて、魔石をざらざらと流し込むことにする。

 無毒化された狂魔草は、元の体積の半分以下になる。そして一度無毒化すれば有毒に戻る事は無いらしく、適当に布袋に突っ込んでいても問題は無いようだった。


「ま、死んで毒が消えたのだったら、生き返る事は無いわよね」


 なおその後、念の為と言う事で瓶詰めの砂糖漬けや油漬けの保存食に狂魔草の一部を突っ込んでみた所、それぞれ時間が倍ほどかかった上にかなり強力な効能が残ったものの、無毒化に成功した。……魔石に突っ込んだ時よりは使い道があるので、ある程度は食べ物に漬け込んでおく必要もありそうだ。

 ともかく、無毒化の方法さえ分かってしまえば、あとの問題は狂魔草そのものの回収だけとなる。つまり、ひたすら探索するだけだ。もちろんイアリア1人で探せる範囲はたかが知れているが、とりあえずこの冬だけの事を言えば、人里の近くから排除できればいい。

 冬が明ければ冒険者ギルドに狂魔草の事を伝え、塩と砂糖の準備をして貰って、冒険者を総動員して根こそぎにすればいいのだ。雪の下から見つかる狂魔草は、最初の1株を見つけた時から時間が経っている筈なのに、花芽の状態がほぼ同じなので、寒い間は咲く事が無い、というのもほぼ確定している。


「だから、大丈夫……だと、思うのだけれど」


 ……逆に言えば、冬の間は悟られる訳にはいかない。何故ならそろそろ歩くのも難しくなってきた分厚い雪で、エデュアジーニとその周辺にある村は、ほぼ完全な陸の孤島と化してしまっているからだ。

 そんな状態でパニックが起これば、狂魔草とは関係なく惨事になるだろう。それは避けなければならない。逃亡生活中に目立ちたくないと言うのもあるが、そもそもイアリアは平和が好きで騒動が嫌いなのだ。


「……その割に、何だか、行く先々で何がしかに巻き込まれているような……?」


 途中で気づいてはいけない何かに気付いてしまいそうになったが、イアリアはそこで考えるのを止めた。様々な師匠のやらかしとうっかりに居合わせたり巻き込まれたりした経験から、これ以上考えてはいけないと無意識に察したからだ。

 現実は何も変わらないが、心の平穏は保たれる。そしてイアリアは、さて、と脱線した思考を戻し、狂魔草の回収を含む対策を考える。


「とは、いえ。万が一と言うのは、起こり得るからそう言われる訳で……固有魔法の毒性、となれば、解毒も難しくて当然だけれど。用意だけは、しておくべきよね」


 イアリアが何を懸念しているかと言うと、人里の近くにある狂魔草を、何かの拍子で他の誰かが見つけてしまう事だった。深い雪に閉ざされると言っても、全ての人が一歩も家から出ない訳ではない。

 むしろ、雪の山は動物が少ない為に他の季節より安全だ、と判断し、山に入る人間はそれなりに多い。実際の所は別の危険があって大して変わらない訳だが、それでも近くにある山に分け入り、冬でも得られる恵みを探すぐらいはするだろう。

 そして、狂魔草はその存在自体が危険である為、その姿形がほとんど知られていない。その名前だけは有名だが、イアリアですら本に文章で書かれていた特徴を辛うじて覚えていただけなのだ。


「一見、毒も無く、食べられそうに見えるのよね……大きな葉っぱが」


 だから、イアリアは頑張って集落の近くを探索し、可能な限りの狂魔草を回収して、山ほど買い込んだ保存食を削ってせっせと無毒化している。

 すっかり雪の下に埋まってしまえば探すのも大変なのだが、恐らく狂魔草が魔力によって変異を起こした植物だからだろう。リトルが場所を教えてくれるので、本当の1人で探すよりはずっと効率が良い。

 だがそれでも、イアリアは1人の人間であり、今は雪が身長より高く降り積もる、冬の真っただ中だ。当然、出来る事には限界がある。


「とは言え。少なくとも、エデュアジーニの近くにはもう無い筈だわ。だからあとは、周りにある村なのよね。流石に私も、雪の中を歩きで移動したら、一番近くの村まで行くのがやっとだし」


 冬が明けるまでその周りにある村で異常が起こらなければ、何も問題は無い。流石に冒険者ギルドの職員や冒険者であれば、アッディルでもそうであったように、狂魔草の危険性は良く分かってくれる。出来る限りの最速で動いてくれることだろう。

 問題は。……知識がない上に独自の判断基準で行動する、素人だ。狂魔草は、その中毒性が一番問題視されて、国が大々的に規制をかけている。固有魔法による毒性であるのなら、同じく魔法でなければ解毒は相当難しい。

 それでも、万が一とは、万に1つはあるから、万が一というのだ。イアリアは、その事を、それはそれはよく知っていた。


「症状を抑えて、体力を消耗させないか、回復させる方向で考えるべきね。恐らく食べるとしたら葉っぱだし、それなら何とか対策出来るかしら。……流石に、あの明らかに固そうな茎を食べる人はいないと思うけれど」


 だから、努力の全てが空ぶる前提で、対策だけはしておくのだった。

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