第10話 宝石は決める

 一時は本当にエデュアジーニが埋まってしまうような量の雪が一晩で降りしきったりもしたが、流石にそろそろそんな日も減って来た。イアリアは、野宿をするのにかまくらというのはなかなか便利だったと既に懐かしんでいる。

 だが、まだまだ空気は冷たい。昼間の間、半端に溶けてしまう分だけ、場所によっては真冬よりも危険になっていたりもした。例えば山奥の木の上に積もった雪などは、場合によっては内に鋭い氷の棘を抱えている事がある。

 そして更に厄介なのは、そういう地形を活用する知恵を得て、一足早く眠りから覚めて活動する動物達が居る事だ。そしてそういう動物達は、まだ芽吹いてもいない山の幸を探す事に長けて、見つければ決して逃さない。


「あぁもう! 本っっっ当に厄介ね!」


 相変わらずしっかりと全身を防寒着で包み、内部空間拡張機能付きの鞄――マジックバッグに野営の用意をしっかりと準備して、狂魔草の回収をメインとしての山で動いていたイアリアは、当たれば結構な衝撃を直接内臓に叩き込むお手製の棒型魔道具を振って、小型の狐に似た動物を気絶させていた。

 普段は臆病なこの動物が、口から泡を吹きながらいきなり襲い掛かって来た、という時点で既におかしいのだが……これが既に、両手の指より多い、という時点で、完全にどこからどう考えても異常が起こっている。

 そしてその原因は、というと。


「そんなに美味しそうに見えるのかしらね、こいつは!」


 気絶したその動物を放置し、その痕跡を辿っていった先で、まだ小さく閉じた花芽が齧られた狂魔草を見つけたイアリア。当然すぐに周りの土ごと掘り返し、布袋に回収して、マジックバッグに突っ込む。

 そう。これが、イアリアが狂魔草を絶対に回収する、と決めた理由だ。今は通常の動物だけだが、狂魔草を放置すると動物が魔物に変わり、そして大挙して近くの集落へと襲い掛かって来る。つまり、スタンピードの発生だった。

 だからイアリアは真冬の間、寒いのを我慢して、可能な限りの狂魔草を回収し続けていたのだ。無毒化の方法はもう確立したから、後は足で稼ぐだけ、なのだが。


「どうしようかしら。まだ冒険者ギルドに異常は伝わっていないけれど、もう誰が気付いていてもおかしくないわよね」


 結果はこの通り。回収は、はっきり言って間に合っていない。今の所イアリアは山の中で誰かと出会った事は無いが、この広い山の中に他の誰かが居たとしても、大抵は気付かないだろう。

 そして狂魔草は、幻薬という、非常に中毒性の高い、国が生産から取引までの全てを厳しく取り締まる代物の原料だ。持っているだけで本来ならかなり厳しい罰則が科される対象である。

 だから本来なら、狂魔草の最初の1株を見つけた時点で、最低でも冒険者ギルドには報告しておかなければならない。イアリアがそれをせずに、1人で何とかすると決めたのは、通常狂魔草を無毒化する為には、真っ白になるまで精製した塩と砂糖が大量に必要だからだ。


「その状態が目当てで来たはずなのに、そのせいで苦労する事になるなんて、皮肉なものだわ」


 冬の間のエデュアジーニは、国と言う単位の流通から切り離される。そんな状態で大量の塩と砂糖が手に入る訳もなく、無毒化の手段がない状態で知らせても、パニックを誘発させるだけだ。

 そう判断したから、イアリアは独自に無毒化の方法を研究し、1人で狂魔草を回収して回っていたのだ。ちなみに無毒化の方法だが、出来たことは出来たが、それに使う大量の魔石の出所をまず問われるであろう事と、副産物として出来たものがヤバ過ぎるという事で、とても公表できない。

 だが、いくら厳しく長い冬でも、終わりは来る。そして冬が終われば、流通も行われる。なら、大量の塩と砂糖を手に入れる事も出来るだろう。対処する方法があるなら、パニックも抑えられる筈だ。


「それに、気温が上がり始めたら、いつ開花してもおかしくない。それも確かなのよね……」


 この冬の大半を狂魔草の回収に費やした結果、イアリアは、気温が一定以下であれば、狂魔草は活動を止めるという事を確信していた。だからもうどれだけ回収したか覚えていない程の狂魔草を、1人で回収できたのだ。

 しかし、冬が終わって雪が解け、気温が上がれば、そうも言っていられない。狂魔草の花が持つ毒性は、幻覚と幻聴。花蜜は恐らく、それらに加えて、攻撃性を増す方向に興奮させる作用がある。

 それに、気温が上がって活動が再開されれば、根の周囲の土壌が狂魔草の毒によって汚染される。だから、駆除するには多くの人手が必要なのだ。この広大な山の中に、1株でも残す訳にはいかないのだから。


「……そろそろ引き時かしら。雪に埋まって見えなかったと言えば、言い訳としては十分通る筈なのだし」


 もし動物の動きに関する話が少しでも耳に入ったら、その時点で「発見」しよう、と決めたイアリア。

 アッディルという田舎町で狂魔草による騒ぎが起こった時、イアリアは主格の1人になるほど深く関わった。だから、違和感を基に探したと言えば、今まで見つけられなかったものをすぐに見つけられてもおかしくない。

 そう算段をつけつつ、再びおかしな様子で飛び出してきた動物を、イアリアは棒状の魔道具を叩きつけて無力化した。

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