第11話 宝石は悟る

 少しでも異常が耳に入ったら、狂魔草の存在を冒険者ギルドに告げる。そう決めたイアリアは、事前に冒険者ギルドへ告げておいた探索期間の間に可能な限りの狂魔草を回収し、告げた通りの日程でエデュアジーニに戻って来た。

 そして探索の道中で、少しでも異常が見つかっていたら狂魔草の事を知らせる、と決めていた為、イアリアはいつもより周囲に注意を向けていた。もちろん、いつもある程度は周囲全体を警戒しているのだが。


「……なんだか、随分と人が増えている上に、慌ただしいわね」


 だから、町に入った時点で門番の顔が緊張で強張っている事と、町の中の空気の変化に、町の外に居る時点で気が付いた。これは何かあった、と察し、イアリアは転ばない程度に急ぎ足でエデュアジーニの門をくぐる。

 そのまま、周囲の変化は感じつつ、その源が何か分からないまま冒険者ギルドに辿り着く。


「戻ったわよ。で、何が起こったの?」

「あっ、おかえりなさいアリア様! すみません、遭難保険の終了と返金手続きは行っておきますので、こちらの緊急納品依頼を受けて頂けませんか!?」

「緊急依頼、という時点で断る選択肢がないじゃない」


 冒険者ギルドの内部も、これまでに比べれば随分と慌ただしい。その上、ロビーから見えている人数以上の気配が感じられる気がしたイアリア。そして緊急依頼の内容は、と見てみると、体力を回復させる魔薬と、病に効く魔薬の納品依頼だった。

 病、と一言で言っても色々だ。だからその依頼票には、その症状が書かれている。並んでいたその症状は……下痢、嘔吐、眩暈と、病なのか、それとも悪くなった食べ物を食べたのか、判断に困る内容だった。

 イアリアは、その依頼票を数秒の間じっと見つめ。


「……悪いけれど、出来るだけ人数を集めて貰えるかしら。出来れば責任者と、そうね、冒険者のリーダーを出来るような人間は呼んで欲しいわね」

「えっ?」

「大事な、たぶんこの現状に深く関わる、というか元凶だろうものの報告をしたいのよ」

「えっ!? は、はい! すぐに!」


 深く下ろしたフードの下で、くっきりと眉間にしわを刻みつつ、そう告げた。

 何か作業をしていた冒険者ギルドの職員は訳が分かっていなかったが、元凶、という言葉にその身を奥へと翻した。

 その間に、もう一度イアリアは緊急依頼の内容を見る。下痢、嘔吐、眩暈。そう書かれている。依頼票において大体の場合は、症状が多い順番に書き記される事になっているので、下痢が最も多く、眩暈が最も少ない、という事になる。

 それを再度確認し、イアリアは、細くも深く、ため息を吐いた。


「……たぶん、これ。下痢と嘔吐が同程度で、眩暈は少ないわよね」


 ぽつ、と、雫が落ちるような呟きは、慌ただしい冒険者ギルドの空気にかき消される。雨の日用の分厚いマントの下で大人しくしていたリトルには届いたのか、ひょこっと顔を出してイアリアを見上げてきた。

 その頭を指先で撫でて、マントの中に引っ込ませるイアリア。そのタイミングで先程奥へ引っ込んでいった冒険者ギルドの職員が戻ってきて、イアリアを冒険者ギルドにある部屋の1つへと案内する。

 案内されたその部屋には、恐らく冒険者ギルドエデュアジーニ支部の支部長と思われる、ずんぐりむっくりで毛深く大柄な男性と、雪山で活動する為に作られた装備で全身を包んでいる壮年の男性が待っていた。


「時間が無いから簡潔に説明するわ」


 そして部屋に入るなり、自己紹介もすっ飛ばしてイアリアはそう言い切る。それに対して反応が出る前に、部屋の中央に置かれていた机に、内部空間拡張機能付きの鞄、マジックバッグから、ある植物を丸ごと取り出して乗せた。

 それは地上にあれば、子供の膝丈ほどの高さだろう。大きな葉はやや黒ずんでしなび、やや内側を向いて丸まっている。そしてその中心に、葉に紛れてとても分かり辛いが、小さな花芽が同じ方向に並ぶ、とても細い茎があった。

 突然取り出された、恐らくは見慣れない植物。それに疑問の声が上がる前に、イアリアは一気に説明する。


「この草の名前は狂魔草。根の先から花芽に至るまでその全てが毒であり、魔力に干渉して周囲の動物を狂わせ、土壌を汚染し、1株でスタンピードを引き起こして、幻薬の原料となる、最悪の毒草よ」


 狂魔草、という名前が出た時点で、毛深く大柄な男性は目を剥いていた。壮年の男性の方は疑問が強かったが、説明が最後までいくと、同じく目を剥いて驚きを表している。

 そう。イアリアには分かっていた。何故ならこの冬の間中、狂魔草の事を調べていたのだから。狂魔草は、その全てに毒がある。その毒は固有魔法の可能性が非常に高く、部位によってその効果が違う。

 ……そして、下痢と嘔吐は、狂魔草の根に含まれる毒性だ。


「今の今まで見かけなかったから、驚いたわ。けどたぶん、雪の下に埋もれて隠れていただけでしょうね。随分と人里の近くにあったもの。――今すぐエデュアジーニに担ぎ込まれたか、応援を要請した村人を調べて。もちろん、彼らの村と、その周囲もよ。流石に冒険者ギルドは、この草を扱う時の注意点ぐらいは知ってるわよね?」


 大の大人2人がその驚きから戻ってくる前に、イアリアは通すべき要望を、勢いのままに押し切った。

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