第12話 宝石は知る

 ここ、エルリスト王国は、南に海、東西に険しい山脈があり、中央が平地という地形をしている。

 だから国の中央に穀倉地帯があり、その穀倉地帯の真っただ中に、アッディルという町があった。周囲にある農村の中心的役割を担い、大きな災害があった時の避難所、備蓄倉庫を兼ねた、大きさだけはある田舎町だ。

 そのアッディル近郊の森で、狂魔草が群生していたことは記憶に新しい。今にも切れそうな糸を手繰るような危険はあったが、それがどうにか事なきを得た後、当然ながら、アッディルにある冒険者ギルドの支部は、狂魔草についての情報を、冒険者ギルド全体で共有した。



 その情報の中には、イアリアが提供したものの他に、イアリアがアッディルを出立してから判明した、花以外の部位においての取り扱い方法も含まれている。魔物による大規模な暴走、及び襲撃……スタンピードを引き起こす、という観点に置いて最も危険なのは花と花蜜だが、それ以外の部分だって十分に危険だからだ。

 もちろん、狂魔草は国がその存在を規制している。当然ながらその取扱い方法もまた規制対象だったが、冒険者ギルド、自由だけを自らの上に冠する冒険者、その元締めとも言える組織は、長年蓄積された手練手管で、見事にその情報を死守しきった。

 それだけではなく、その管理を認めさせることで、ある程度更なる情報を引き出した事に成功している。その陰には、そのアッディル支部の支部長の暗躍があったとかなかったとか言われているが、これはイアリアには関係のない事だ。



 ともあれ。管理を認めさせたという事でその情報を公開する為の条件も限定される事となったが、狂魔草が人家の近くで発見され、狂魔草のものと思われる被害が出ている状況は、間違いなくその限定された条件に合致する。

 当然、狂魔草の発見者であり、アッディルにおいては狂魔草による危機を乗り越える為に多大な貢献を行い、そして現在エデュアジーニにおいて狂魔草の被害に対抗できうる魔薬師であるイアリア……「冒険者アリア」にも、その情報は開示されていた。

 元々イアリアが持っていた狂魔草についての知識は、実はそう多くはない。だからより正確で詳細な情報があるのならば、と、イアリアは情報の閲覧を希望した。


「……あぁ、なるほど。そういう事だったのね……」


 そしてその情報の中に、こっそりと狂魔草の無毒化を研究していたイアリアが、気づいてからはずっと引っ掛かっていた部分、というか、ある意味能力と呼べるものに対する記述があった。

 それは、狂魔草がどうやって殖えるか、というものだった。イアリアがどれだけ調べても、狂魔草には種や球根といった、通常植物が繁茂する為に必要なものを作る能力がなかったのだ。

 しかし実際に狂魔草は増殖している。一体どうやって……と思っていたら。


「本当に面倒な奴ね。一番面倒なのは、これが自然発生したという事だけれど。どこかの国か魔法使いの気が狂って作ってしまったとかの方がまだ納得できるわよ」


 生物絶対殺す、と言わんばかりの凶悪な毒性を持つ狂魔草だが、その毒性はやはりこの植物が得た固有魔法で合っていたようだ。

 だが、この固有魔法はそれだけでは終わらない。というのも。狂魔草は、めしべを持たないがおしべはある。そしてそこから振りまかれる花粉は、狂魔草自身の毒で死んだ相手限定で、その構造を作り変える力があるらしい。

 何に作り変えるか、というのは、言うまでもないだろう。そう。……狂魔草だ。この毒草は、動物も植物も問わず命あるものを殺し、そして己の次世代へと作り変える、という、その生態からして顔を顰めざるを得ない仕組みをしていたのだった。


「もう、呆れる以外にどう反応したらいいかも分からないわね……。何故見つけたら、出来るだけ速やかに1株残さず駆除しなければいけないのかもよく分かったけれど」


 自分以外は必ず殺し尽くす、と言わんばかりの凶悪な毒性に、既に大分引いていたイアリア。その増殖の方法を具体的に知って、その凶悪な毒性に対して抱いていた勝手な感想が正解だと分かり、完全に引いていた。

 同時に、既に大規模な被害が出ている現状は、一切の油断も許されない状況だと言う事も把握する。何故なら狂魔草の花粉は砂より細かい1粒でも付着すればそこから作り変える固有魔法が発動する。

 狂魔草の根による被害が出ているという事は、間違いなく狂魔草を食べたという事。花芽はとても固く小さかったが、それでもしっかりおしべは存在していた。


「あれの生命力は、癒草と喧嘩できる程度に高いわ。切り刻まれても生きているなら、周りの魔力を吸って花芽だけを成長させるぐらいの芸当はやらかしてもおかしくない。まして、今から狂魔草が周囲から集められてくるのだから、そんな中でもし1人でも死者が出て、対処が遅れれば……」


 とうとう狂魔草の呼び方があれになったが、推測自体は非常に真剣かつ最悪だ。それはつまり……人間大の、あるいは、人間と同じ体積分だけの狂魔草が、町の中に出現する、という事だからだ。

 1人でも死者が出て、その死者が狂魔草へと変じれば、周囲に居る人間もただでは済まない。そうなれば、あっという間にエデュアジーニは、スタンピードを待たずして死に覆われるだろう。

 そしてその死は狂魔草へと取って代わられ、生物を引き寄せ、土壌を汚染し、狂わせ、殺し、作り変えて、加速度的に狂魔草が増えていく。狂魔草にとってのみの天国は、他の命全てにとっての地獄だ。


「ほんっとうに、冗談じゃ無いわよ」


 ……恐らく、アッディル近郊の森における大発生は、そのサイクルがある程度回り始めた所だったのだろう。辛うじて、スタンピードという爆発が起こるその寸前で、何とか食い止められたが……あれは恐らく、単に運が良かっただけだ。

 あとほんの少し。もう少しだけ何かが違えば、狂魔草の大増殖、と言う名の、周辺の命の全滅は成立していた。本当にギリギリだったのだ。それこそ、針よりも細い糸の上を、目隠しをつけて渡るような。

 ぞく、と、気候のものではない寒さを感じて、イアリアはマントの下で、自らを抱き締める。スタンピードどころではない。アッディル、という、穀倉地帯のど真ん中……周辺に命が豊富にある場所で、万一それが起こっていたら。


「……国どころか、世界ぐらいは滅ぶんじゃないの……?」


 気温や気候のものではない寒さに震えながら、イアリアは口の中で呟く。以前のイアリアなら、草程度がそんな訳、と、取り合わなかっただろう。狂魔草の実物を見て、実際に研究してみなければ、どれ程危険なのかは分からない。

 この狂魔草と言う草は、それぐらいの凶悪さを持ち合わせていた。

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