第13話 宝石は作り始める
狂魔草の詳しい情報を手に入れたところで、被害者の数が減る訳ではない。そこからイアリアは、まず、エデュアジーニに運ばれてきた狂魔草の毒で倒れた人々の治療に全力を尽くす事にした。
1人でも死者が出れば、そこからこの地方そのものが死に絶える可能性がある。なら、1人たりとも死なせなければ良い。そう無理矢理に切り替えて、イアリアは魔薬の作製をする事にした。
「基本は下痢と嘔吐。眩暈はこの際無視していいわ。どうせ安静にしているのだから、動かなければ問題ないもの。固有魔法による毒性だからと言って、対処療法自体はそう変わらないのだから……」
納品依頼、という事で、冒険者ギルドの2階へ上がり、先程読み込んだ狂魔草の詳しい情報と、この冬一杯研究したデータをすり合わせながら、イアリアは下痢と嘔吐へ対処する為の魔薬を頭の中の一覧から選ぶ。
どちらも問題なのは、脱水だ。それに加え、大分暖かくなってきたとはいえ、まだまだ気候的には寒い。水分と共に熱も身体の外に出て行ってしまうので、低体温症を併発する可能性が高い。
だから必要なのは、身体を温め、素早く水分を補給する事だ。魔薬で主軸となるのは身体を温める事だが、人間の身体というのは、そう一気に水分を吸収できるようにはなっていない。その補助も必要となる。
「体温の上昇と水分の吸収。となると、血行を良くする方向が一番無難かしら。ちょっと汗をかくぐらいの方が、固有魔法とは言え毒性の排除には有効でしょうし。問題は着替えだけれど……それは私が心配する事じゃ無いわね」
方針を決めて、効果時間も効き方も様々な魔薬から条件に合致するものを探す。エデュアジーニでは山からの湧き水が主な水源だが、雪に閉ざされている現在は井戸が主となっている。飲めない程汚れている訳ではないが、部屋の加湿も兼ねて一度沸かしてから飲むことになっている筈だ。
ならば、そのお湯に溶かしこむ形の魔薬にすればいいだろう。熱と水分を一度に補給できるものの効果を底上げすればいい。何より、溶かして飲むタイプであれば、一度に量を作る事が出来る上に後が楽だ。
作る魔薬は決まった。となれば、あとは材料なのだが。
「……と、なれば。本当に癪なのだけど、とっても優秀な材料がこれになるのよね……」
魔薬の作成を行う小部屋に入った状態で、イアリアは、大変と頭が痛そうに溜息を吐いた。内部空間拡張機能付きの鞄、マジックバッグから必要な材料を取り出して並べ、その最後に取り出した物に対する感想だ。
それは、プルーナズという落葉樹に生る木の実の砂糖漬けだ。中央に種があり、周囲の果肉はそのまま食べられる程柔らかく甘い。本来はもっと南の地域で採れるものだが、純粋に甘味としてだけではなく、栄養も豊富なため、加工品としてよく出回っている。
そしてイアリアが取り出したその瓶詰めの中央には、細長いものが押し込まれていた。……そう。狂魔草の根だ。
「確かに、あるわよ。というか、多いわよ。毒性を克服するのに、毒の大元となった素材を使うのは、よくある事だわ。…………それにしても釈然としないわね」
狂魔草の無毒化を研究する中で、無毒化に至ったうちの1つだ。そして少なくともイアリアが魔道具で調べた限りは、血行の改善に対して著しい効果を示す。
無毒化だけはされていることを確認して、イアリアもこの砂糖漬けをお湯に入れて飲んでみたのだが、飲んだ直後からぽかぽかと体が温まり、外に出ても1日はずっと暑いぐらいだった。つまり、実証済みである。
流石に今回そこまでの効果は必要ないので、上手く混ぜて薄める必要があるだろう。もちろんそれが可能なレシピをイアリアは知っているし、そもそもそのレシピを使うのであれば、元となる素材は上等であればあるほど良い。
「何でこんなに腹が立つのかしら。……あぁ、なるほど。これのせいで困っているのに、これが対策としてこれ以上なく役に立つからね。そもそもの原因は何だと思っているのよ」
……狂魔草に、少なくともそこまで難しい事を考える思考能力は無い。なのでイアリアのこれは、完全なる八つ当たりだ。
だが、今は一刻を争う。今こうしている間も狂魔草の毒にやられた人は担ぎ込まれ続けているし、冒険者ギルドの職員達は忙しく働いている。もちろん外に出て狂魔草の回収をしている冒険者達も、どれだけ気を付けていても、いつ毒にやられるか分からない。
「本っ当に、面倒な草ね」
なので、イアリアは深々と息を吐いて、そこそこ無理に割り切った。問題があり、これはそれを解決できる。ならば使わない手はない。
実際、他の材料を使うよりは絶対に良い効果が出る、という事が分かり切っているのだ。イアリアの個人的な感想さえなければ、確実に大人数を救う事が出来る。
「……研究自体が無駄にならなかったのは、まぁ、良かったのだけれど」
そしてイアリアは、他の材料と併せて、魔薬の作成を開始したのだった。
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