第14話 宝石は思考する

 手順としては少々複雑だが、手早くやればそこまで時間がかかる訳ではない。片手で持てる大きさの瓶一杯に粉薬タイプの魔薬を作り、イアリアは一度1階へと降りて行った。

 カウンターに行って、魔薬の納品と使い方の説明ついでに現状を聞いてみれば、流石地元の冒険者と言うべきか、狂魔草が次々に見つかっては確保されているらしい。

 一方狂魔草の毒にやられてしまった人も増えているらしく、そろそろ治療所がパンクしそうとの事だった。もちろんそちらでも何もしていないと言う訳では無いのだろうが、それだけ狂魔草の毒性が強いと言う事だ。


「水すら口にしてすぐ吐き出してしまうと言う事で、もうどうしていいのか……」

「どうしようもないわね。相手にしているのはそういう毒だもの。この魔薬だって、どこまで効くかは分からないわ。毒を消す効果なんてないもの。ただ身体に、体温と水分を戻す助けをするだけよ」

「解毒剤ではないのですか!?」

「違うわ。残念だけど。……あの草の毒は、ただの毒じゃない。固有魔法だわ。そして魔法に対抗できるのは魔法だけ。いくら魔力のこもった素材を使おうと、魔法そのものをどうこうは出来ないのよ」


 舌打ちせんばかりに言い捨てれば、冒険者ギルドの職員も言葉を飲み込んだ。そう。魔法と言うのは、現実の上書き。いくら現実側から改善しようとしても、その努力ごと上書きされるのだからどうしようもない。

 それ故に対抗できるのは、同じく現実を上書きする魔法のみとなる。だからこそ、国は魔法使いを1人残らず召し上げるのだ。ただの兵士が何百人いようとも、持っている魔力と本人の練度次第では、魔法使い1人で蹂躙する事が可能なのだから。

 なお、その蹂躙できる側にカウントされていたイアリア。一番口酸っぱく言われたのは、味方の配置に気を付けて魔法を使うように、だったりした。あまりにしつこく言われるので、逆にわざと当ててやろうかと思っていたのは秘密だ。


「……ま、毒自体は消せないけれど、健康な人が飲んだら効き過ぎて逆に調子が悪くなる程度に強い効果は持たせたわ。だから、必ず言った通りの量を使うようにこころがけて。少なければ効きが悪くなるし、多ければ別の不調が出ても知らないわよ」

「分かりました」


 最後にもう一度、用法と用量について念を押して、イアリアは冒険者ギルドの2階へと戻っていった。この1回分では、どう考えても足りないからだ。お湯に溶かして飲む粉薬タイプとはいえ、毒にやられた人数もどんどん増えている。

 幸い薪の備蓄には余裕があり、物を熱する魔道具も準備されているようだ。またこれだけ雪が降った以上、井戸が枯れる心配もない。だから暖かくして水分をとり、症状が治まるまで体力を持たせる為に必要な、水と火は心配しなくていい。


「……病だったら危うかったわね。毒だから、大人数が一か所に集まって看病されてても大丈夫だけれど」


 そう呟いて魔薬を作成する為に手を動かしながら、イアリアは作業用の個室で首を傾げた。


「それにしても。症状が嘔吐と下痢だし、狂魔草を調理した跡が見つかったらしいから、根を食べたのは間違いないでしょうけど。一体、何と間違えたのかしら」


 繰り返しになるが、狂魔草は全方位に殺意と毒をばら撒く、非常に性質の悪い毒草だ。その姿形は知らずとも、見慣れない草があったらまず様子を見るだろう。

 そしてしばらく様子を見れば、その周囲で生物が死んでいく事が分かった筈だ。無機物以外の全てを等しく殺して殖えていく事が分かれば、一体誰が食べようと思うものか。

 だから、危険だと分かり、対処が分からず燃やしてしまって、煙に移った毒を吸って倒れた、というのなら分かるのだ。だがしかし、今回倒れた人々は、狂魔草を「調理し」「食べて」毒に侵されている。


「普通は食べないわよ。それもわざわざ、雪の中を探し回ってまでなんて」


 イアリア自身も実地で体験したが、雪の中を歩き回ると言うのは相当に体力を消費する。特定の物を探しながらだと更に疲れる。つまりは雪の中を歩き回り、探し出すのは、それだけ必要でなければやらない事だ。

 ……が。狂魔草は、それこそ駆除目的でも無ければ探し回る必要は全くない。むしろ敬遠するぐらいが普通だろう。


「それを。わざわざ探し出して、持って帰って、調理して食べる? 有り得ないわね」


 だが、その「有り得ない」事が、実際に引き起こされている。鍋で素材をギリギリまで煮詰め、布で濾しながら、イアリアは深く下ろしたフードの下で、目を眇めた。

 何故ならば。有り得ない事が起こっている。と言う事は、すなわち。


「――どこのどいつよ。余計な入れ知恵をした馬鹿は」


 それは、誰かが仕組んだ、という事だ。

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