第15話 宝石は気付いてしまう

 お湯に溶かして飲む魔薬を、切らす事の無いよう最優先で作りつつ、イアリアは他にも現在の状況で必要となる魔薬を作り続けていた。

 もちろん日が暮れたところで、一度長期滞在している宿に戻ろうかとも思ったイアリア。しかし納品する為に1階へ降りるたび、そこにある慌ただしさが増していたので、途中で諦めて徹夜する覚悟を決めていた。

 そしてそのまま、2階で仮眠もとらせてもらい、ひたすら魔薬を作り続け、翌日の朝。冒険者ギルドの職員も、外に出て他の村の様子を見に行ったり、狂魔草を駆除している冒険者達も同じように、夜を徹しての努力の結果。


「西の村が魔物に襲われていた! 手が空いてる奴はいるか、少しでも叩きに行くぞ!」


 ――力及ばず。状況は、更に悪化した。

 魔物の群れが人間の集落を襲うとはつまり、スタンピードだ。ちょうど魔薬の納品をする為に1階へ降りてきていたイアリアがそのまま話を聞くと、どうやら村を襲った魔物というのは、この雪山によくいる、狼から変異したと思われる魔物が5体だそうだ。

 ……幸い、と、言うべきだろう。スタンピード、それも狂魔草がある事が分かっているなら、それは「非常に小規模」と呼べる襲撃だったのだから。冒険者がしっかりと動ければ、どうとでも出来る範囲だ。


「……まずいわね」


 しかしそれは、とうとう被害が出た、という事と……もう、それこそこのエデュアジーニなど、簡単に呑み込んでしまう規模のスタンピードが発生するまで、時間がほとんど残っていない、という事だった。

 ばたばたと冒険者ギルド内部の動き方が変わる。エデュアジーニにおける自衛戦力は、冒険者だ。訓練された兵士など、この山奥にある田舎町に居る訳が無い。

 そしてその冒険者が所属する冒険者ギルドは、現在この状況だ。もちろん今の、入り口から叫ばれるという形の報告を受けて、防衛戦の準備の優先順位を繰り上げ、急いではいるのだろうが……。


「――傷を癒す魔薬と、塗料に混ぜて耐久性を上げる魔薬。どちらを優先するの?」

「ええと、少々お待ちを――西の村は雪の中を歩けば片道半日ほどですので、こちら、強度上昇の魔薬の納品依頼をお願いします!」

「分かったわ」


 もちろん、今からやっても焼け石に水だ。だが、この近辺にそこまで強力な魔物の目撃情報は無い。そして周囲一帯にはまだまだ深い雪が積もっていて、魔物を含む動物の数自体も少ない状態だ。

 なら、少しでも、門だけでも耐久性を上げておけば、最後のひと踏ん張りが利くかもしれない。そう判断したのだろう。冒険者ギルドのギルド職員も、エデュアジーニでは絶対数が少ない。だから、1人1人が考えて行動し、その考えを実行できるだけの権限を持っていた。

 イアリアは問いかけに対する答えである依頼を受諾すると、再び冒険者ギルドの2階へと移動する。


「門の強度だけでも上げて、その間に対処療法の魔薬も作って……実際襲撃が始まるまでもう時間は無いから、実際に襲撃が始まったら傷を癒す魔薬を作る事に手を取られるわよね」


 まだ狂魔草の毒に苦しんでいる人は多いし、恐らく、周辺の村からの避難もまだ完了していない。それでももう、時間切れ、と言うべきだろう。何故ならいくら冬の寒さに飢えているとは言え、魔物が、わざわざ人間の集落を襲ったのだから。

 魔物とは、魔力と言う力によって変異を起こした動物だ。そしてその変異とは大抵の場合、身体能力の向上の事を指す。つまりは、魔物である、という時点で、通常の動物よりも数段強力なのだ。

 そして変異をした状態で時間が経つにつれ、その能力の向上は知能に及び、魔力の扱いに及び、固有魔法という特殊な魔法を操るようになる。魔物とは、生きた年月が長ければ長い程厄介になっていく生物だった。


「何が厄介って。あれは、その、魔物への変異を起こしたうえで、その変異を促進させる効果があるって事なのよね……」


 あれとはもちろん狂魔草の事である。解体して調べた範囲ではそんな毒性は見つからなかったのだが、最初に狂魔草の事を知った本にも、そしてエデュアジーニで見た詳細な情報にも、狂魔草は周囲の魔力に干渉するという記述があった。

 だから恐らく、これも狂魔草の固有魔法なのだろう。……と、思ったところで、思わずイアリアは自分の頭を抱えてしゃがみこんだ。


「…………どこまで厄介なのよ」


 狂魔草の全てには、毒がある。そしてその毒性は、固有魔法によるものだ。だがこれは「相手に状態異常を引き起こす」というものであり……魔力に干渉するものとは、「別のもの」となる。

 そしてその特徴は、狂魔草と呼ばれる種の中における一部の個体、ではなく、その種としての特徴となっている。

 すなわち。


「固有魔法を、最低でも、2つ……。伝説の竜か何かなのかしら。草の癖に」


 狂魔草、という「種として」、最低でも2つの固有魔法を保有している、という事になる。

 そして、最低でも2つ固有魔法がある、という生物を、イアリアは、はるか昔の伝承にのみ出てくる竜ぐらいしか、知らなかった。つまり、現在生きている世界には、そんな生物はいないということだ。

 ……まぁ、今目の前に居て、まさに今その牙を剥いて、襲い掛かってきているところなのだが。

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