第7話 宝石は宝探しを開始する

 1週間後。


「…………おかしいわね。私はちゃんと依頼をこなしている筈なのに、納品依頼が減らないどころか増えているのはどういう事かしら」


 贅沢にのんびりと朝寝をして、勤勉さが欠片ぐらいしか無い時間に冒険者ギルドへ顔を出したイアリアは、壁に貼り付けてある依頼書の群れを見て首を傾げた。

 楽に稼げるのは良い。それは良いのだが、何故か、いくら魔薬を作って納品しても、次の日には依頼書の数が増えているのだ。そしてそれをこなすと、さらに依頼書の数が増える。

 依頼と言うのは仕事であり注文なので、完遂すればその数は減っていく筈だ。なのに依頼書は増える一方。どういうことだ、と流石にイアリアも首を傾げた。


「ねぇ、ちょっといいかしら」

「はい、何でしょうか」

「ここ最近魔薬を納品しているのだけど、まさか返品とかされてないわよね?」

「いえいえまさか! 依頼者の皆様は大変満足してらっしゃいましたよ!」

「そう? まぁ、ならいいのだけど」


 まさかと思って確認を取ってみるが、質が落ちたとか必要な水準に達していないとか、そういう問題では無いようだ。じゃあ何で依頼が増えるのかしら、とフードの下で首を傾げるイアリア。

 ……当然ながら、その作る魔薬の質が中の上に属して安定している事が確定し、そして耳の速さが必須能力の1つである商人達にアッディルでの評価は即座に知れ渡った結果、非常に腕の良い魔薬師がいるなら、可能な限り良質の魔薬を確保しようという動きが起こっている事をイアリアは知らない。

 そして知らないので、うーん、と考えることしばらく。


「……流石に毎日魔薬を作る事ばかりしていると肩がこるから、今日は素材の納品依頼を受けて外でのんびり過ごしてくるわ」


 平然と依頼書を無視することも出来るという訳だ。えっ、という冒険者ギルドのカウンターにいるギルド職員の顔色の変化はスルーである。冒険者ギルドからすれば、そこそこ有名どころを含む商人達を敵に回したくは無いが、冒険者の行動を縛る事もまたできない、非常に頭の痛い板挟みなのだが。

 ちなみにイアリアがそう決めたのは、言い訳に使った理由が3割、依頼特価の癒草の値段が若干値上がりした、すなわち材料の在庫が無くなっているという理由が3割、そして、屋外で単独行動をしたい秘密の理由が4割だ。

 こころなしかあわあわおろおろしている冒険者ギルドのギルド職員に素材納品の依頼を受理してもらい、イアリアは自分の装備を含めた状態を確認して、街の外へ向かっていった。


「あぁ、お嬢さんか。勤勉なのは良い事だ」

「あらありがとう。通っていいかしら?」

「冒険者カードと依頼書の半券を。……確認した、通って良し!」


 もちろんちょいちょい外には出ているので、火傷痕の話が広まって以降随分と優しい門番はあっさりと通してくれた。

 そのまま草の海となっている草原に近づき、獣を追い払う魔道具を放り込む。ガサガサと言う音がさざ波のように広がって引いたところで踏み込む。ここまではこの街についてから繰り返しているのと同じことだ。


「……さて。それじゃ、そろそろいいかしら」


 今までと違うのは、草の海に隠れる形で矢印型の木片を糸で吊るしたものを取り出したことだろう。矢印の真ん中に糸が括られたその木片は、矢印の頭部分に黄色の魔石がはめ込まれ、濁った薄緑色のインクが複雑な魔法陣の溝に詰め込まれていた。

 イアリアが散々使っているお手製の魔道具ではあるが、これはちょっと毛色が違う。ガサガサと採取は続けながら、イアリアは慎重に糸の先を持ち、その魔道具を静かにぶら下げる。

 ……すると不思議な事に、ゆらゆらと揺れていたその矢印が、若干不自然な角度でぴたりと止まった。それはベゼニーカから離れる方向に、角度としては北寄りの東を指している。


「ふぅん、国境向きの方から来ていたの。粗末とは言え、単なる刃物ではなくてちゃんとした武器を持っていた筈ね」


 イアリアはそれを見て呟き、一度矢印型の魔道具をしまった。そして採取しながら移動する様子を見せつつ、魔道具が示した方向へとじりじり移動していく。

 獣除けの魔道具には効果範囲がある。決して狭くは無いが、その境目に近づくたびに新しい魔道具を放り込み、しっかりと安全を確保しながらイアリアは進んでいった。

 ……この矢印型の魔道具は、ある特殊な魔薬を使って作られるものだ。一般に出回らない魔道具の中でも特に作られる数が少ないその理由は、その魔道具を作るのに必要な材料にある。


「お宝があるといいわね。無くても根城を1つ潰せば賞金が出るから、十分美味しいのだけど」


 そう。この魔道具の効果は、材料となった人や動物の一部から、その持ち主に縁の深い場所を探し当てるというものだ。イアリアがあの盗賊達から、髪とひげを剃り取った理由である。

 本来は残された体の一部から本人が何処に居るかを探す、探し人の依頼に使われる魔道具なのだ。しかしイアリアはその身体の一部を、それも複数人分混ぜた上で魔薬として加工する事で、その執着する先へと自らを導く魔道具を作り上げた。

 そして山賊が執着するものと言えば、根城、及び、そこに溜め込まれたお宝だ。そしてそれを探す理由としては……先程、イアリア自身が呟いた通りである。


「……流石にミスティックベリーを使った攻撃系の魔薬は、ぶっつけ本番で使うのは怖いから、丁度いい的があるなら更に歓迎だわ」


 魔力によって変異した動物である魔物により、人間の生存圏は非常に限られている。そしてその中において法の届く範囲と言うのは更に狭く、つまり以前もちょっと話に出たように、そういう無法者の扱いは、基本的に野の獣と一緒だ。

 つまり、どういう状態になろうと、文句を言う相手はいない。そもそもからして容赦など一切不要なので……そういう理由も、あるらしかった。

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