第8話 宝石は拠点を発見する

「……大分ベゼニーカから離れてしまったわね」


 木の上に上って一応の安全を確保し、もぐもぐと持ち込んでいた昼食を食べながらイアリアは呟いた。厚く高くそびえる防壁は、まだ見えてはいるもののかなり小さくなってしまっている。

 とは言え、と、イアリアは矢印型の魔道具を取り出して吊るしてみた。ゆらゆらと動いていた魔道具はしばらくすると、自然に止まるにしては若干不自然な角度で止まる。

 さっきから細かくこの角度が変わるようになっているので、恐らく盗賊のアジトは近い筈だ。だが懸念は、今イアリアが休んでいる木の、その根元に転がっていた。


「襲撃も遭遇もあったし、この調子ならもうそんなに距離は無い筈だけど……」


 それはこの森に入ってから遭遇した、ベゼニーカに入る為の行列へ襲い掛かった集団と似たり寄ったりの格好をした男達だった。現在は後ろ手に縛られ、目ぼしい装備をはぎ取られ、口を塞がれて地面に転がされて気絶している。

 一応生け捕りにして最寄りの街まで引きずっていけば法治機関……ベゼニーカの場合は商人ギルドと、守役騎士の雇い主である街の最高責任者から別途報酬が出る筈だが、流石にイアリアでも大の大人を何人も1人で運ぶのは無理があった。

 なので彼らは此処にこのまま放置である。恐らく、その内肉食動物や魔物の餌になるだろう。扱いが酷いが、それは盗賊に身を落とした本人達の自業自得だ。


「まぁあの一団で終わりという訳でないのなら、お宝にも期待できるというものよ。人数からして、思ったより大規模な盗賊団のようだし」


 日も随分高くなってきた。帰りの事を考えると、そろそろ時間が無い。イアリアは気合と共に昼食である干し果物入りのパンを口に押し込むと、矢印型の魔道具の示す方向へ、再度慎重に進み始めた。

 そしてそのまま、時々進路を修正したり、襲撃してきた盗賊達を返り討ちにして転がしたりしながら進むことしばらく。


「(……これは)」


 森の中を進むのはイアリアにとって難しい事ではない。元々が農村の生まれで体感的に野山の歩き方を知っているし、学園に入ってからも実習や材料調達で頻繁に森の中に分け入っていたからだ。

 が、だからといって苦ではないかと言うとそうではない。見通しの悪い光景の中を進んでいくのは神経を使うし、周囲の様子を探りながら足場の悪い場所を歩けば疲れもする。

 流石に都市生まれ都市育ちの人間と比べればその体力もあるとは言え、それは消耗しないという事ではない。だからこそ、出来るだけ早く場所を特定したかったのだが。


「(思った以上に巧妙に隠してあったし、こんなに規模が大きいというのは普通に想定外だわ)」


 日が一番高い所から少し傾くまで探し続けてようやく見つけた盗賊団のアジトは、森の端に接する様な位置にある小さな山に作られていた。しかしイアリアが内心で呟いた通り、その隠され方もよく観察して分かった規模も、そこらにある物ではない。ここまでくれば、ちょっとした要塞だ。

 流石にイアリアも、要塞相手に1人で勝てるとは思っていない。少なくとも、戦力を削ったり壁に大穴を空けたり飛び道具を無力化したり、何らかの手を打つ必要がある。

 で、それだけの事が出来るだけの準備があるかというと……。


「(流石にこのままでは無理ね。せめてもうちょっと罠の材料を用意して、この森の中なら余裕で逃げ切れるぐらいにしておかないと)」


 そうと決まれば、決断と行動の早いイアリアだ。幸い方向感覚はちゃんとしている方なので、出来るだけ自分の痕跡を残さないようにしつつ、行きとは違う道を通ってベゼニーカを目指す。

 帰りも何度か盗賊らしい集団を見かけたが、今度はその全てを回避するか迂回してやり過ごした。もちろん森の中に転がしている男達もいずれ見つかるだろうし、そうなれば警戒度は一気に引き上げられてしまうだろうが、それはもう仕方ない。


「(だって、行きは今日で決着をつけてしまうつもりだったんだもの)」


 現状、戦略的とはいえ撤退しているという時点で想定外だ。多少は仕方ない。今の最優先目標は、無事ベゼニーカに帰り着く事だ。

 行きは探り探り進んだ距離を、道を変え迂回を挟んだとはいえほぼ一直線に進めば、当然ながらその時間は短くて済む。そしてイアリアは、さもその辺りに居ましたよという顔で、至って普通にベゼニーカの街の中へと戻っていった。

 そして冒険者ギルドに行って納品依頼の完了手続きをして貰い、状態の良い薬草が手に入ったから部屋で魔薬を調合すると告げて、さっさと宿へ引っ込んだ。


「ふう。とりあえずは無事に帰ってこれたわね」


 もちろん、嘘ではない。嘘ではないが、全てでもない。1人になって厳重に戸締りを確認し、盗聴や覗き見に由来する魔法や魔道具が無い事を念入りに確認してから、ようやく気を抜いたイアリアの第一声はそれだった。

 折り畳み式の机と椅子を部屋の中に広げ、そこで魔薬の調合を始めながら考えるのは、見つけた盗賊のアジトの事だ。魔法使いであったなら、それこそ森に隠れた状態で大規模な魔法の5、6発も叩き込めば1時間もかからず壊滅まで持って行けただろうが、現在のイアリアは魔石生みだ。そういう力技は使えない。

 真っ先にそういう手段が浮かぶと言うあたりにイアリアの妙なところで雑な性格が出てくるのだが、それはさておき。


「どうしようかしら。流石に魔薬だけでは無理があるし、罠を併用しても立て籠もられるとどうしようもなくなるわね。壁ごと吹っ飛ばすにしても、それだけの火力は数に限りがあるし」


 1人で攻略するというその大前提が既に十分好戦的で非常識なのだが、イアリア自身は気づいていない。そしてその独り言は誰も聞いていないので、それを指摘される事もない。

 そもそも本来魔薬師とは後方支援職であり、生産職だ。前線に立って戦う事が出来る時点でごく少数だし、元魔法使いとしての感覚を引きずっているとは言え、自分から前線に立とうとするのは更に少数である。


「やっぱり足りないとすれば手数よね。相手の警戒が緩むまではどうせ待たなければならないんだし、行列に並んでいる間に見かけた森に入ってみようかしら。マナの木があれば魔道具を作れるから、罠や魔薬と組み合わせて手数を補えるとして……」


 そんな感覚のずれに一切気付かないまま、イアリアはその夜一杯をかけて、あの要塞をどう攻略したものかと考え続けるのだった。

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