第9話 宝石は方針を決める

 流石に昨日の今日で街から出るのは危険だ、と判断して、その翌日は大人しく冒険者ギルドの2階で魔薬の調合と納品を行ったイアリア。結局減った様子が無いどころか日々増えている気配もある依頼の数には首を傾げていたが、深く考える事はしないと決めている。

 そのままどうやってあの要塞染みた盗賊のアジトに対して詰めていくかを考えながら、ヒントになりそうなものでもないかとベゼニーカの通りを見て歩き……。


「……何も思いつかないわね」


 中央広場まで辿り着いて、先日と似たような席に座って昼食を食べていた。クッキー大のパイに煮込んだ肉と野菜を詰め込んだようなそれは、大きさは小さく数は少ないが、なかなか食べ応えのあるボリュームとなっている。

 それにしても思い返されるのは、あのやたらめったらに用意の整った盗賊のアジトだ。元々は一体何だったのか、と勘繰ってしまうほどに、立地も作りも相当に上等である。

 そこに人数が居るのだから難易度が高い。いくら練度と連携は所詮寄せ集めと言ったところで、あれだけしっかりした設備があれば、運用できる数さえ揃っているなら十分な脅威だ。


「(まさか、それを分かっているからここまで盗賊が跋扈しているのかしら? ……いえ、それは無いわね。分かっているなら、行列に対する見回りが無いのはおかしいもの)」


 ……実を言えば、盗賊のアジトがどれほどのものか分かった上で放置している、という可能性がある事にイアリアは気づいていた。だがそれを言い始めると厄介では済まないので、あえて目を逸らしている。

 イアリアは、本当に、心底、理不尽と言う物が大嫌いだ。そして盗賊と言うのは、その理不尽の代表格みたいな存在である。そしてその悪辣さは、規模が大きくなるのに比例するという事をイアリアは知っていた。

 だからこそ、最初はともかくあの規模を見た時点で、イアリアの中であの盗賊のアジトを潰すのは決定事項になっていた。それこそ何が何でも、自分に出来る事ならどんな手段だって使ってあのアジトを壊滅に持っていくつもりだ。


「(山を利用した砦って本当に厄介なのよね。山って言う大質量がそのまま盾になる訳だから、実質正面以外から攻める事が出来ないわ。だからと言って、正面から行けばそれこそ袋叩きにされてしまうし……)」


 もっ、と惣菜パイとでも言うべき料理の最後の一口を口に押し込み、ちら、とイアリアはフードの下の視線を、近くの路地に向けた。

 そこには先日も見た、幼い兄妹が再び視線をイアリアが持つ皿に向けている。それはまぁいいというか、何だか訳ありな気配も感じるしあまり深く関わるまいと決めているので気にしない。

 問題は、その兄妹の後ろに現れた姿だ。


「おまえら、ここはおれらの「しま」だっていってるだろ!」

「またしょーこりもなくきやがったな! よそもん!」

「どっかいけ! まちからでてけ!」


 ……あっきれた。と、パイで塞がった口でイアリアはごちた。何とお粗末な恫喝か。問題は、それを、兄妹より多少年上なだけの子供がやっている、という事だが。

 そしてそれ以上の問題は、それに対して周囲の大人が反応しない事だ。イアリアは、この構図をよく知っていた。そしてこれをそのまま放置しておけば、その内命に係わる事になるのも。

 何故なら、同じだからだ。イアリアが学園において受けていた、嫌がらせの構図と。言葉の内容以外は、寸分違わず一緒だった。


「……商都が聞いて呆れるわね」


 そして。

 イアリアは、この世界における何より、そういう理不尽が嫌いだった。


「治安のちの字もあったもんじゃないの。身の安全を考えるならとっとと他所へ移らないと。全く、立派な外壁を見た時は法が行き届いていると思ったのだけど、とんだ肩透かしだわ」

「おいこら嬢ちゃん、そりゃどういう意味だ」


 わざと声を張ったその内容に、周囲の人々は不快な視線を向けてくる。席を立ったイアリアは、代表のように声をかけて来た、先程まで食べていた惣菜パイの屋台の店主へと向き直った。


「そのままよ。この街では恫喝こそが「正しい商売の仕方」なんでしょう?」

「そ、そんな訳があるか! ベゼニーカは商人の街だ、商売っていうのは、言葉と契約でやるもんだ!」


 フードを深く被っていても分かる程度に首を傾げて見せたイアリアに、怒りの色も露わに荒い言葉が返って来た。周囲の人々の反応も似たような物である事を確認して……イアリアは、フードに隠した口の端を、吊り上げた。


「じゃあ何であんな舌足らずな子供が恫喝を覚えているのよ? 誰かが教え込んだのか、覚えてしまうほど日常的に行われてるかのどっちかでしょう? それとも、何? あんな子供が、自分で、何の手本も無く恫喝するようになったとでも言うの?」

「……い、いや、それは……」

「そしてその時点で大分どうかと思うのに、それを、こんなに居る大人が誰も「間違っている」って訂正しないじゃないの。それってつまり、これだけの人数の大人が見ても「間違ってない」って事なんでしょう?」

「う、ぐ……」


 かかった。と。

 全方位に喧嘩を売るような暴言は、相手から失言を引き出し、こちらの正当さを押し通す為の釣り針だった。これでも数年貴族をやっていたのだ。その辺りの言質取りや理屈こねは、嫌がおうにも得意になった。


「違うなら今すぐ論破してみなさいよ。周りで見てる誰かでもいいわよ。私が間違ったことを言っているなら訂正して見せなさいな。ほら。どうしたの? あなた達が正しいのであれば、私は間違っていることになるわよね? じゃあ具体的に、論理的に、どこが間違っているのか指摘して頂戴?」

「ぬぅ……っ!」

「いくらでも反論は受け付けるわ? だって私は魔薬師だもの。魔薬師は知識と理論でその実力が決まるのよ。どんな反論だって、それが「論」であるのであれば正面から受け止めるわよ? もっとも、それが間違いだと思ったのなら重ねて反論させてもらうけれど」


 そのまま、反論を受け付ける、と言いつつ、反論を許すつもりなど一切なく畳みかける。くるり、とマントに全身を隠し、フードに顔を隠したまま周囲を見回せば、先程の怒りはどこへやら、誰も彼もが気まずげに顔を逸らし、視線を合わせようとしない。

 は。と小さく吐き捨てるように息をしても、反応は返ってこなかった。だったら始めから行動しなさいよ、と思いつつ、イアリアはその場から歩き出す。さささ、と人垣が割れて、道が出来た。


「治安とか法の守りとかは、こういう些細な所から崩れるのよ。この街を誇りに思うんなら、こういう細かい所までしっかり意識して「商都」という看板を守るのね」


 最後にそう言い捨てて、イアリアは宿に戻る方向へ歩き出した。騒ぎの内容が伝わっていた範囲は非常に歩きやすかったが、すぐに普段の混雑へ取って代わられる。


「(……そうよね。やるのであれば徹底的に。加減は元より不要なのだから、確実に、思いっきりやってしまえばいいのよ)」


 その人混みをすり抜けながら、イアリアはあの盗賊のアジトに対して、非常に物騒極まる決意をしていたのだが……それは、誰にも知られる事は、無いのだった。

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