第10話 宝石は仕掛けに向かう

 中央広場で騒ぎを起こしてしまったが、別に誰に訴えられるわけでも守役騎士にお世話になる訳でもなかったイアリア。まぁ間違ったことは言ってないし当然よね。と、本人は一切気にしていなかったが。

 その後微妙にぎくしゃくとした対応を取られつつも必要な素材を買い求め、数日を空けて草の海及びその周辺へ採取に繰り出して、素材と魔薬の納品依頼をこなしつつ、部屋に戻ればそれらでまた別の魔薬を調合、という日々を繰り返す。

 そして、要塞とも言える巧妙に隠された盗賊のアジトを発見してから、10日後。


「昨日また盗賊による被害が出た。一時大人しくなっていたのは気のせいだったようだ」

「物騒な話よね。確か3日前もだったかしら?」

「そうだな。何か手を打たないといけない筈なんだが……。ところで随分な大荷物だが、遠出でもするのか?」

「えぇ。ほら、草原の向こうに見える森があるでしょう? ちょっと奥地なのだけど、丁度今が旬の薬草が塊で生えていたの。3日ぐらいで戻るつもりだけど、場合によってはもう何日かかかるかも知れないわね」

「そうか。気を付けるようにな」


 門番とそんな会話をしつつベゼニーカの門を通ったイアリアは、いつもと同じ雨の日用の分厚いマントに全身を隠し、フードを深く被った不審者スタイルの上に、大きな、丈夫な布で出来た鞄を背負っていた。

 向かう先は門番と、珍しく朝一番で顔を出した冒険者ギルドのギルド職員に告げた通り、すっかり慣れたと言える草の海と、その近くにある森である。今が旬の薬草というのも、嘘ではない。

 ……が。その中に入っているのは、テントや調合道具といった可愛いものではなく、文字通り山ほど詰め込まれた、それこそ一体何と戦争をする気なのかというぐらいに殺意、もとい威力の高い魔薬や罠の材料だ。


「……流石に、この鞄の存在を知られるのは問題しか無いし……それに、これだけ持ち込んでも足りるかどうか、なのよね」


 と、相当に距離を離してから小さく呟き意識を向けるのは、体にぴったりと張り付けるように身に着けている、大きな革製の鞄だった。これは内部空間が拡張された鞄で、超がいくつも付く貴重品中の貴重品である。

 アッディルで色々目立ち過ぎなくらい動いた時に、その総合報酬として貰った物だ。そして今はその、ちょっとした倉庫ぐらいの容量を誇る魔法の鞄も、外から見て分かるほど膨らんでいる。

 そう。イアリアは冗談抜きで、1人であの盗賊のアジトを落とすつもりだった。一体何と戦争をする気なのかと言えば、それは当然、ちょっとした要塞ぐらいの規模がある、あの盗賊の一団とだ。


「(まずはキャンプの設営をしながら罠の下準備。それが終わるまでは可能な限り遭遇を避けつつ森の行き来する頻度やルートを調べて、そこから罠の設置と攻め方の確認ね)」


 なおこれら本気の「戦略」の元となっているのは、当然ながら学園で習った戦術論だ。もちろん当時は魔法使いだったし、本来その知識をどう使うかと言えば、動きの基本を知っておくことで連携しやすくなるという程度のものだったのだが。

 まさか教えた教師も、こんな風に本気も本気で知識をフル活用するとは思っていないだろう。それも、通常は戦闘力が無いと言われる魔薬師が、山賊とは言えちょっとした要塞を構えている集団を相手に。

 というか、普通は挑もうとすら考えない。それぐらい数の力とは脅威であり、しっかりとした拠点があるというのは更に戦力差が上乗せされるだけの情報だ。


「(途中で捕まえた盗賊達は……罠に組み込む形で吊るせばいいかしら。助けに来るとは思えないし罠を警戒されて弓で射殺される可能性も高そうだけど、万に一つでも引っ掛かれば上々なのだし)」


 普通に考えれば勝ち目なんて刺繍針の先ほども無いだろう。正直なところ、要塞となっているアジトの場所をベゼニーカの法治機関に伝えるだけでも個人の働きとしては十分すぎる。

 そして実際伝えた所で、ベゼニーカが本腰を入れて攻略に向かい、勝てるかと言うと……かなり、厳しいと言わざるを得ない。それだけ、人の手の及んでいない場所は、危険なのだ。

 しかしそれらの条件をひっくり返すのが、内部空間拡張能力付きの鞄ことマジックバッグであり、イアリアが積み上げた膨大な量の知識であり、魔石生みとなっても変わらない底が無いかのような大量の魔力であり――。


「(さて、そろそろキャンプ予定地ね。念の為日数が伸びるかも知れないとは伝えたけど、3日で戻れるなら戻りたいもの)」


 少しだけ立ち止まり、荷物を一度背負い直す。

 背中からはみ出る程ではないが、十分に大きく、また重量のある、そこだけは物資の量がそのまま戦える力に直結する魔薬師らしく、重心と背負い紐の形を工夫してなおそんなに長くは背負っていられない、相当に重い荷物を。


「――絶対に逃がさないんだから」


 常よりずっと低い、それこそ地を這うようなそんな声は。誰にも何にも届くことなく、季節の熱をはらんだ森の空気に吸われて消えていった。

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