第11話 宝石は不意打ちを叩き込む

「…………さて」


 1日をかけてベースキャンプの設営と、森の中への罠の設置、及びアジトがある山の上部に仕掛けを終えたイアリア。途中で遭遇した盗賊達は事前に考えていた通り、その場で返り討ちにして罠に組み込む形で吊るしておいた。

 そこから言い訳の為の小細工をして、数時間の仮眠をとる。そして現在、草木も眠る最も暗い時間帯に、イアリアは隠された盗賊のアジトが見える位置まで移動していた。

 当然、月は明るくとも動きらしい動きは見えない。そもそもそこにあると知らなければ、ただの小さな山にしか見えないだろう。あると知っていても、月光だけでは見分けるのは極めて難しい。


「闇夜であれば最高だったけど、そう贅沢も言えるものではないし」


 そう物騒に呟きながら、実際に物騒極まる準備を整えたイアリアは、とあるものを視線の高さに構えた。それは、見た目の構造はボウガンに似ていたが、矢を乗せる為の溝が無く、弦に当たる部分が太いゴムに縫い付けられた革に変えられた、非常に特殊な武器――機構式のスリングショット、或いは、超小型のカタパルトだ。

 それはやはり成人男性と比べると筋力が劣るイアリアが、遠距離という相手を一方的に叩き続ける為に生まれた戦闘距離において、自分の得意分野と、しっかりと威力を出す為にどうすればいいかを考えて出した、1つの答えだった。

 もちろんそんな武器が一般に普及している訳もない。そしてそうではないからこそ構造から考え、無数の試行錯誤を繰り返したこの武器なら、有り合わせの素材による急造品とはいえ、間に合わせる事が出来たのだ。


「――始めるわ」


 その武器を構え、狙いをつけ。他でもない自分自身に宣言してイアリアは、限界まで引き絞られたゴムを開放する為の引き金を、引いた。

 バシュッ!! と撃ち出された小瓶は角度の浅い放物線を描き、狙い通りにアジトがある山の上部へと消えていった。半分以上が山の中に作られているらしい要塞染みたあのアジトに直撃する訳ではない。というかそもそも、直接狙っても与える被害と跳ね上がる警戒度が釣り合わない。

 だからイアリアは、事前に仕掛けをした。わざわざ遠くから回りこみ、警戒を掻い潜り、その内部にアジトという名の要塞がある山の上部に、あるものを設置してきたのだ。



 それは、内部空間拡張能力を持つ鞄マジックバッグの大半を埋めていた、樽にみっしりと詰め込まれた爆薬だった。それもイアリアが本気で作り、魔石を山ほど追加投入し、正直イアリア自身でも危険物過ぎて持ち歩くのが怖い程の品である。

 そして今撃ち出したのは、ミスティックベリーをふんだんに使い、こちらにも魔石をこれでもかと投入した……ミスティックベリーを使っていない状態ですら防壁に大穴を開けた、あの、大爆発を引き起こす魔薬である。

 かつ。盗賊のアジトは、ちょっとした要塞ほどの規模がある。そしてそれは、山の内部にその大半がある構造だ。守りにおいては他の追随を許さぬ構造は……言い換えれば、「山の真ん中に巨大な空隙がある状態」、という事だった。



 さて。

 そんな山の上部に、爆薬が山積みにされていて。

 庶民の家ぐらいなら跡形無く吹き飛ばせる程の爆発物が投げ込まれると。

 どうなるだろうか?


「……っ!?」


 魔薬の小瓶を撃ち出してすぐに登っていた木を降りてその場に伏せたイアリア。もちろんそれは想定される衝撃に備える為だったのだが、それでも一瞬息が詰まる程の衝撃波が周囲を薙ぎ払っていった。

 もう少し近くに居たなら、本質的には爆発の音であるそれだけで吹き飛ばされていたかもしれない。そのせいか、森の外縁付近に仕掛けたいくつかの罠が誤作動してしまったような音も聞こえた。

 もちろん誤作動に巻き込まれるほどお粗末な位置取りはしていない。なのでイアリアは伏せたままゆっくりと5つ数えてから、そろりと顔を上げた。


「………………流石にやり過ぎだったかしら」


 そして、盗賊のアジトの方を確認して、第一声がこれである。その声は、夜も変わらず下ろしたフードに隠した顔と同じく引きつっていた。



 内部に大きな空洞がある構造物は、上からの衝撃に弱い。空箱に物を乗せれば潰れるという当たり前の話で、いくら強度を計算して計画していたとしても限度がある。ましてそこに、土の塊と言う重量物があるならなおの事だ。

 そしてイアリアは、構造的にどうしようもないその弱点へ、容赦なく自分に出せる最大火力を叩き込んだ。もちろん山の形などから、山の上部に当たる土の塊が雪崩れ込む場所を計算している。

 で、まぁ、その通りに行った結果どうなったかと言うと……月が照らしだしたそのアジトという名の要塞は、控えめに言って大破、はっきり言うなら、山がその形に抉れたようになって、完全に崩壊した上で埋め立てられていた。



 もちろんイアリアに容赦する気はさらさら無い。そもそも人数比と戦力差が大変な事になっているのだ。少しでも手を抜こうものなら勝ち目なんて無い事は分かっているし、分かっているからこそ初手で最大火力を叩き込むという作戦を決行するに至ったのである。

 しばらく眺めてみても、普通起こる筈の警戒する動きや明かりをつける動きが確認できない。周辺から灯りが集まってくるような動きも無く、つまり、遠く離れた場所に居る別動隊等が居ない限り、ほぼ壊滅したと言っていいだろう。

 不意打ち、にしては、規模も威力も派手に過ぎる一撃を叩き込み、恐らくはそれで勝負が決まった事をほぼ確信して、イアリアは自分を納得させる為に呟いた。


「まぁ、初手で決められるならそれに越したことは無いわよね」


 もちろん別動隊が居ないと決まった訳ではないし、土に埋まっただけでまだ元気にもがいている盗賊がいる可能性は高いだろう。正面から攻城戦をするよりは随分と難易度は下がったが、危険が完全に排除された訳ではない。

 だからイアリアは大きく深呼吸をして途切れた緊張の糸を張り直し、ゆっくりと慎重に、崩壊した盗賊のアジトへと近づいて行った。

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