第23話 宝石と飛ばされていた者
イアリアとノーンズに、サルタマレンダ伯爵からの呼び出し状が届いた、数日後。
「地上だ――――っ!」
広大な「百年遺跡」へ入る事が出来る出入口の1つ、それなりに冒険者ギルド百年遺跡支部から離れた場所にあるそこの前で、そんな声が響いた。
直後に、うるせぇ! と冒険者の怒鳴り声が響き、慌てて謝る声が返る。怒鳴った方は冒険者であり、鼻を鳴らして「百年遺跡」へと潜っていった。
一方、叫んでから慌てて謝った方も冒険者だ。ただしその恰好はそれなりに小汚くなっていて、長期間野宿でもしたような様子だ。
「前に「百年遺跡」に来たことがあって助かった……隠し扉には食料があるって知ってて良かった……」
そして実際、長期間野宿しているようなものだった。何せこの冒険者はイエンスであり、冒険者ギルドグゼフィン村支部で発生した魔力暴走及び空間転移に巻き込まれた、その当人だからだ。
周到に用意を重ねて決して油断しないイアリアと違って、イエンスは冒険者としては普通である。ランクも詐欺ではない方のコモンレアだ。故に野営をするなら相応の準備が必要となる。
なのだが、実は「百年遺跡」にある休憩所のような部屋には隠し扉があり、そこには食べられるものが入っている、という事をイエンスは知っていた。見た目は手のひらサイズのレンガのようなもので味も微妙なのだが、食べ物には違いない。あの何も無い広く白い迷路で、飢えて死ぬ事を避けられるのだから。
「……にしても、何だったんだあの階段」
偶然か何なのか、先ほど「百年遺跡」に入っていった冒険者達の後は近くに誰もいない状態で、イエンスは首を傾げた。
イエンスが転移した先は、「百年遺跡」の中だった。壁も床も天井も白く控えめに光っていて、感覚がおかしくなる程何も無い。そんな場所は「百年遺跡」以外に無いと知っているからすぐ部屋を探しに動けたが、そうでなければあの魔力暴走で、女神の迎えを受けてしまったのかと思っただろう。
だがイエンスが不思議に思ったのは、その「百年遺跡」の中を、出口を探して歩き回っている最中に見つけたものだった。
「いくつか降りてみたけど、全部同じようにダメだったよなぁ。実際階段を戻ったら外に出れたし。にしても、ほんと全部同じだったんだよなぁ。あんなに同じとか、同じやつでもそうはいかないだろ」
イアリアがいれば、盛大に顔を引きつらせつつ自身の選択に安堵していただろう。そう。イエンスの前にもまた、明らかに不自然な下向きの階段が出現していたのだ。
イエンス自身はその階段にある程度の「悪意」を見ていたようだが、遺跡なんてものは大なり小なり「悪意」があるものだ。だから試しに下ってみる、という判断になったのだろうが、それで余計に時間がかかったのは間違いない。
まぁイエンスはイエンスでその「悪意」に何らかの違和感を感じていたようだが、それを誰にも共有できない上に自分で掘り下げる事もしなかったので、情報としての価値は無い。
「でも、どうすっかなぁ。もう言われた期限は過ぎてるし、かといって何も出来ずに戻るのもなー。……どっかの村でいい感じになった女性がいて、子供が出来てるか分からないとか……? すぐバレるか」
その場でうんうん唸っていたイエンスだが、その後しばらくしてやってきた別の冒険者に見つかり、捜索依頼が出されていて、捜索対象になっていた事を知る事となる。
そしてその捜索依頼の為に一度「百年遺跡」周辺の出張所に移動。そこで、サルタマレンダ伯爵からの呼び出し状を受け取った。
迫る期限に、その直前の魔力暴走による転移。そしてその転移先が「百年遺跡」と、呼び出される理由に心当たりしかないイエンス。一体どの用事で呼び出されたのか、と、戦々恐々としながら開いてみた書面の内容は。
「……ん? 俺の婚約者の用意が出来た? ついでに領内に拠点を置く有力クラン『シルバーセイヴ』に非常に将来有望な新人が加入したから、婚約パーティを開いてそこに招待する予定、だから一度戻ってこい?」
冒険者相手という事で貴族的に言えば簡素にも程がある文面だったが、それを更に意訳した内容を口に出し、自分で聞く事で内容が間違っていないか確認したイエンス。
もちろんその「非常に将来有望な新人」が自分と同じく魔力暴走によって転移させられたイアリアもとい「冒険者アリア」だとは思っていない。それに妻となる女性を連れて帰るか子供を作ってこいと言われた前提があるならおかしい部分しかない。
そもそも、『シルバーセイヴ』はイエンスの双子の弟、ノーンズがリーダーを務めるクランだ。だから、イエンスが知らない筈はない。そもそもこの旅の間だって、その前だって、半年に一度のペースで自分の髪を切って送っているのだ。ノーンズの鬘用に。
「へー。冒険者にもすごい奴がいるんだなー。にしても婚約パーティって、貴族様のやる事は分かんねぇなぁ……。っつーか、もしかして伯爵様は、俺が嫁探し失敗するって分かってたとか……?」
だが。イエンスの見せた反応は、クランを知らないとしか思えないものだった。
もしこれが出張所ではなく百年遺跡支部であったなら、今の反応をおかしいと判断するギルド職員がいただろう。イアリアとノーンズに届いた不自然極まる手紙と関連付けて、警告を届ける事も出来たかもしれない。
「まぁでも、戻ってこいって言われたなら戻んないとな。グゼフィン村より「百年遺跡」の方が領都に近いのはラッキーだったか?」
しかし、その未来は存在しないものだ。何故ならイエンスが手紙を受け取ったのは、「百年遺跡」でイエンスが地上に出た出入口に一番近い出張所だった。
捜索依頼の完了手続きを行った段階で、イエンスの所在は再び冒険者ギルドの把握するところとなる。なら、冒険者ギルドに存在する、冒険者宛ての手紙は、速やかに届けられる。そういう仕組みになっているからだ。
そうしてイエンスは、その出張所で数日分の旅の準備をして、脱出した次の日には出発していった。
イアリア、そしてノーンズと同じく。誰かの描いた絵の通りに……エルリスト王国西端に位置し、国境を守る最前線の、サルタマレンダ伯爵領、領都へ。
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