第22話 宝石は受け取る

 聞こえた声は間違いなく、ここ冒険者ギルド百年遺跡支部に属しているギルド職員のものだった。それはイアリアも分かっていたし、ノーンズも分かっていただろう。

 だが、今の今まで話をしていた内容が内容だ。ちら、とノーンズが視線を向けると、イアリアはすっと手に持っていた機構式のスリングを内部空間拡張能力付きの鞄マジックバッグへとしまいこんだ。

 それだけではなくささっとテーブルの上に並べていた小瓶と、テーブルの下の小さな樽も回収。そのついでに椅子を動かしてテーブルの前に持ってきて、そのまま扉へと向かった。


「何かしら? まぁ話は終わったから、入ってもらっても構わないけれど」


 扉から数歩分の距離を開けたところで、素早く不測の事態に備えて警戒の態勢を取ったノーンズ。その代わりに応答したイアリアの声に、扉はあっさりと開いた。

 そこにいたのは、声の通りにイアリアの見知ったギルド職員だった。ノーンズもこの部屋に来るまでに顔を見ている。この時点では特に不審な点は無い。

 イアリアは首を傾げる仕草と共に、しっかりフードを降ろして隠した目でざっとギルド職員の全身を見たが、何か装飾が増えたりはしていないようだ。ただしその手にあるのは、小さく薄い箱だ。恐らくは同じものが2つ。


「その。お2人に、サルタマレンダ伯爵から、です」

「両方に?」

「はい」


 イアリアは知っている。あれは封蝋や手紙本体が壊れないようにするための、手紙を入れる為の箱だと。それが、自分とノーンズに届いた。それも、サルタマレンダ伯爵から。

 不可解だ。理由が全く分からない。すなわち、どう考えても怪しい。


「不思議だな。僕は確かに以前から彼女に会おうとしていたけど、それにしたって数日前からだし。という事は、ここで会っているのとは関係ない話かな?」

「だとしても、同時に届くのは不思議ね。本当に。接点なんて何1つ無かったのに。依頼を出したとしても多少はずれるものでしょう」

「そうなんですよね……。ひとまず、魔道具が使われていたり何かが同封されている訳ではないようです」


 ノーンズは控えめに、イアリアは露骨に警戒して見せたが、ギルド職員は否定するどころか簡単にだが調べておいたという内容を口に出した。普通は貴族からの手紙であっても調べる事は無い。それだけ、冒険者ギルドも怪しんでいるという事だ。

 その根拠は不明だが、もしかしたら、イエンスの足取りを追う途中でその放浪の理由に辿り着いたのかもしれない。イエンスもノーンズも女神の色を持つ事は隠しているだろうが、冒険者ギルドが把握していないとは思えないからだ。

 特にイエンス。魔力持ちを相手にすると目の色が勝手に変わる、そうでなくても気が抜けたら色が変わると、むしろよくバレなかったものだ。というか、冒険者ギルドの方で証拠隠滅に動いている可能性まである。


「まぁでも、受け取らないって訳にはいかないね。このままこの部屋で読んでもいいかな?」

「はい、もちろんです」

「私もそうさせてもらうわ。わざとか偶然かは分からないけど、このタイミングならまず同じ用事でしょうし」

「そうですね」


 そうして2人はそれぞれ、手紙が入った箱を受け取った。部屋の扉が閉まる。


「……魔力の気配は無いわね」

「じゃあまず僕から開けてみよう」


 そして今度はちゃんとテーブルで向かい合う位置に座って、まず、ノーンズが自分に届いた分の手紙を開封した。物理以外の干渉に対する絶対防御。これがあるなら、何か仕掛けられても問題ないからだ。

 そして今回、手紙そのものに何か仕掛けがあった訳ではないらしい。だが手紙を読み進め、さほど内容が無かったか短かったか、割とすぐ読み直しにかかったノーンズの眉間に、しわが刻まれた。


「……このタイミングで、呼び出し状か」

「その時点で絶対におかしいのよ」

「しかも、クラン『シルバーセイヴ』に「冒険者アリア」の誘致が成功した前提で招かれている」

「は?」


 そのまま視線を手紙に固定した状態で告げられた内容は、1つ目は正直な感想を言うにとどまったイアリア。だが2つ目、イアリア自身の事を考えればあり得ない内容に、流石に思考が止まる。

 そこからイアリアはしばらく考え、自分に来ていた分の手紙の箱をノーンズの方に押しやった。


「別に構わないけど、いいのかい?」

「内容はどうせ同じよ。そして恐らく、少なくとも私の方には「そうなる」ように、何かしらの方法で精神へ干渉してくる仕掛けがあるわ」

「……なるほど。そう言えば、さっき言ってたか。カードだっけ? それを見てから情緒不安定になったって」


 そう。イアリアは、自分の勘が当てにならない事を知っている。知っていた。にもかかわらず、「百年遺跡」での謎の予感だ。下に降りた方がいい気がする、という。

 あれが外部からの干渉であるのはほぼ確定である。ならば、他にも干渉されたタイミングがあったかもしれない。そう考えて、イアリアは1つの可能性に行きあたっていた。

 それはナディネの研究室で籠城している時の事だ。師匠の帰りを待てばいい。それが分かっているのに、イアリアは衝動的に外に飛び出しかけた。あの時は兄弟子が止めてくれたが、もし止める者がいなければ、間違いなく何者かの都合が良い方向に事態は変化していただろう。


「文面は同じだね。ただ僕は何も感じない。という事は、もしかすると僕の方にも仕掛けられていたのかな?」

「効いていないようで何よりだわ。……この分だと、女神の色を持っているのは分かっていても、その能力までは分かっていなさそうね」

「あぁなるほど、そうなるのか。……って事は、イエンスはもうそうなってるのか」


 イアリアに文面を見せることなく、ノーンズは手紙を畳んで元通りに戻した。そしてそう呟き、厄介だな、と零した。

 そう。厄介である。というか。


「そもそも、魔法は人の心に干渉できないのよ」

「……、え? そうなの?」

「そうなのよ。何でも出来るように見えるけど、出来るのはあくまで「事象の上書き」。魔法を打ち消す事も見えないものに魔法を使う事も出来るけど、人の心なんて複雑で見えないものへの干渉は無理。だって元の形も分からないのよ? どう干渉しろって言うの?」

「それはこう……命令する感じで?」

「どこにどう命令するの? 頭? 心臓? 人間の構造は大体分かっているけど、考える仕組みは分かっていないの。いくら腑分けしても「心」なんてものは見つかってないのよ?」

「ふわけ」

「あなただって「空の雲の端と同じ色の花を探せ」って言われたら依頼を投げるでしょう。それも朝か昼か夜かの指定も無く」

「全く分からないが難しい事だけは分かった」


 そう。それがイアリアの知る、イアリアが学んだ「魔法」の常識だった。だからこそ不可解だったし、魔力の気配がない事も確認して空ぶった。


「――それこそ。本物の神でもいない限りは不可能だわ」

「……嫌な感じに聞き覚えのある単語が出てきたな?」


 だからこそ、引っかかったのだ。

 転移直前と、ノーンズから出てきた。「黒き女神」という単語に。

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