第11話 宝石は普通に過ごす
朝食をのんびり美味しく頂いてから冒険者ギルドに顔を出し、魔薬の納品依頼を受けて2階で作業。お昼に納品して昼食は冒険者ギルドで食べて、午後も再び魔薬の納品依頼。そして夕方になったら宿に引き上げる。これがグゼフィン村に来てからのイアリアの1日だ。
村人からしてものんびりとした時間の使い方だが、受けた依頼はきっちりと、数も質も十分以上の魔薬を作って納品しているので、冒険者ギルドからの評判は大変良い。一部職員は、流石は宝石付きだ、と納得していたとか。
魔法使いは例外なく貴族に召し上げられて、魔法は一般平民には縁遠い。それ故に、より身近で物理現象を越えた効果を示す魔薬は、往々にして戦略物資として扱われる。
「アリア様、おはようございます」
「おはよう。鐘の音が聞こえたけれど、すぐ止まったわね? 山賊と言っても大したことが無かったのかしら」
そしてイアリアこと「冒険者アリア」は、非常に珍しい魔薬師兼業の冒険者だ。どこかの組織に囲い込まれることの多い魔薬師がフリーというだけでも注目されやすいのに、その腕が非常に良いとなると、希少どころではない。
まぁその「冒険者アリア」は、天候に関係なく常に雨の日用のフード付きマントに全身を隠し、決して顔を見せず、左腕には酷いやけどの跡がある。と、どこからどう見ても絶対に間違いなく訳アリだ。
なのでその距離感は微妙なものとなり、積極的な囲い込みを誰も行っていない。結果として、冒険者ギルドは全力で便宜を図り支援体制を整え、その姿勢を外に見せる事で「冒険者アリア」への手出しを牽制していた。
「そのようです。ただ今回出てきたのは山賊ではなく、冬眠明けのベアが数頭と、そのベアに追い立てられたはぐれウルフが数頭だったようですね」
「……まぁ、冬眠明けのベアからウルフが逃げるというのはよくある事だけど。それにしても、タイミングが良すぎるわね?」
「えぇ。ですから、アリア様が普段通りに行動していただいて大変助かっております」
「そう。邪魔になっていないなら良かったわ」
このように。確かに目撃者が多かったから誰かに聞けば分かる内容だし、山賊ではなかったのだから情報としても大したことは無いが、だからと言って冒険者ギルドのギルド職員が積極的に教えるものではない。
もちろん、宝石付き、という通り名の通り、冒険者ギルドにおいて、各支部の支部長の判断で「冒険者ギルドに大きく貢献した」冒険者に与えられる、冒険者カードへの宝石。これを持つ冒険者に対する優遇の内に入っているので、何もおかしい事ではないのだが。
……支部長の判断1つで与えられる、とはいえ、「自由」のみを自らの上に置く冒険者ギルドだ。その支部長を務めている、という時点で、一角の人物である。何なら、そこらの貴族よりもよほど有能で冷徹な判断を下せる人間だ。
「あぁ、そうだ。今日はこの依頼を受けたいのだけど」
「それでは手続きを行います。2階をご利用されますか?」
「お願い」
「かしこまりました」
なので、通常は1つ手に入れるだけでも一流だ。それが3つである。正直、未だに冒険者ランクがコモンレア、通常の1人前、冒険者としてのボリュームゾーンという方がおかしい。
……のだが、ここから冒険者ランクを上げる為には、冒険者の方から申し出が必要だ。その上でなおかつ試験が行われ、それに合格する必要があるのだが、冒険者ランクを上げるか上げないかの選択権は冒険者にある。
そしてイアリアは、その申し出をする気配も無かった。「冒険者アリア」が何も言わないのだから、もちろん冒険者ギルドの方から何か言う事はない。
「手続きが完了いたしました。それでは2階へどうぞ」
「ありがとう」
まぁそもそも、面倒を嫌ってコモンレアに留まる実力者はそれなりにいたりするので、珍しい話でもなかったりもした。
当然ながら、全く注目を浴びないというのは不可能だし、むしろ下手に声をかけられない分だけ、視線は大変と浴びていたのだが……まぁ、視線だけなら、散々貴族式の嫌がらせを受けてきたイアリアは、そよ風ほども気にしないのだった。
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