第12話 宝石は敵を考える

 イアリアは平和な毎日を続けていたが、グゼフィン村はそうもいかない。というのも、最初の、冬眠明けのベアとそれに追われたはぐれウルフの集団以降、昼夜を問わず断続的に、野生動物が森から出てくるようになったからだ。

 種類も数もまちまちであり、冬眠明けで酷く飢えて狂暴になっている。だから集落へ襲い掛かってくるのは不自然ではない。……一件一件を見れば、であって、それがこれだけの期間で立て続けに、となると、どこからどう見ても不自然なのだが。

 そもそもこの手の野生動物は、自ら人間の集落に襲い掛かってくる事の方が稀なのだ。何故なら動物には縄張り意識というものがあり、人間の集落というのは、群れを成す「人間」という生き物の縄張りとみなされるからである。


「しかもここしばらく、この集落から人間が外に出た事すらないものね。痕跡を追ってここまで来てしまった、という事も無い筈なのに、不思議な事もあるものだわ」

「そうですね。それだけの変化があるなら調査が必要ですが、相応の準備も必要ですし」


 実に白々しいイアリアとギルド職員の会話だが、まぁつまり、山賊の策、という事だろう。食べられる獣を狩り、その内臓を使っておびき寄せる。そんなところではないだろうか、とイアリアは予想している。

 今のところは問題なく撃退できているし、倒した動物から素材を得る為に回収する時も襲撃は無い。もちろんしっかりと武装した状態で警戒しているからかも知れないのだが、油断を見せる訳にはいかないので。

 それにしても、と、グゼフィン村に来てから丁度1週間を過ごして宿の部屋に戻ったイアリアは呟いた。


「思った以上に頭が回るわね。冒険者崩れでもいるのかと思ったけれど、これはもしかして、もう少し頭がいい奴がいるのかしら」


 何しろ、効率が良い。自分達は狩った獣の肉と毛皮を手に入れ、内蔵の処理にも困らず、相手を消耗させられるのだ。ただの平民、壁や柵の中で暮らし、たまに自然の恵みを得る生活をしている人間に、野生動物を使うという発想はまず出ない。

 冒険者崩れ……何かしらやらかして、冒険者資格を剝奪された人間なら、まぁそういう事もあるかと思う。自身の命を掛け金にしているのだ。野生動物の習性も、そういう生活をしていれば詳しくなるだろう。冒険者のふりをして中に潜り込む、というのも、元冒険者なら思いついて不思議ではない。

 だが今回は、グゼフィン村、という、元国境の砦街が相手だ。しかも山賊を警戒して籠城に入っている。それを崩すのは、少なくとも生身の人間では相当に難しい。というか、まず不可能だ。


「だから、まずは守役騎士や冒険者を消耗させるのが最善手。……なんてのは、訓練されてちゃんと学んだ人間の発想なのよ。それもこの短時間で様子を見て方針を決定するとか、素人ではないでしょう」


 こう見えて、イアリアは魔法学校に在籍し、魔法使いとして軍に属し、戦う為の訓練を行い、教育を受けている。だからこそこの「戦略」が非常に効果的だというのが分かった。

 そして同時に、この発想を普通、すなわち戦う為の教育を施されていない人間が行うのは、不自然だ。もちろん、たまたまそういう方向の才能を持っていただけという可能性もあるが、そこまで頭が回るのであれば、そうならないように持って行くことも可能だろう。つまり、そもそも山賊になっていない。

 もちろん、山賊になってから才能が開花したという可能性もある。可能性は。だが、その可能性の高さはいったいどれほどだと言うのか。


「ま、そういう訓練を受けた「誰か」が、山賊にまで堕ちたか……あるいは、口出しをしてる、という可能性の方が高いのだけど」


 つまりはそういう事だ。問題は山賊ではなく、その裏にいる何者かの可能性が高い。単なる山賊退治では終わらない可能性が高い。当然ながら、山賊退治そのものも苦戦する事になるだろう。何故なら、単なる山賊ではないのだから。

 厄介な事だわ。と、改めて状況を再確認して、イアリアは口の中で呟いた。

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