第13話 宝石は戦利品を確認する

 その後、機構式スリングショットで残っていた土砂に爆発する小瓶を撃ちこみ、足跡や掘り返した後を更なる土で埋めて隠したイアリア。そこからは森の中を駆け回り、仕掛けていた罠を回収する作業だ。

 あの爆音で逃げ出した動物が掛かっている事もあったが、怪我を負わせて動きを鈍らせることを主目的とした罠だったので、大抵は怯えたまま生きていたからリリースだ。既にお宝を山ほど抱えている現在、あまり荷物を増やす訳にもいかない。

 途中で罠に組み込んでいた盗賊達に関しては、少し考えてから睡眠効果があったり麻痺効果があったりする薬草の近くまで引きずっていって転がしておいた。もちろん引きずった跡は消しておく。


「……結構ギリギリだったわね」


 そしてベースキャンプに辿り着き、そこに仕掛けておいた、ひたすら大きな鍋の中身を混ぜ続けている魔道具を停止して回収、自分で混ぜ始めた。これは丸一晩攪拌を続けなければ安定しない特殊な下処理で、表面上の言い訳である「今が旬の薬草」を回収するのに必須の加工だった。

 まぁ、だからこそ一晩中此処に居たという証明になる訳なのだが。流石に、ぐるぐると混ぜ棒を動かし続けるだけの魔道具なんてものがあるとは思わないだろうし、あったとしてもまさか今この場に持ち込まれているとは思うまい。

 そういう念入りな偽装工作もあり、わざわざイアリアこと「冒険者アリア」の安否を確認しに来てくれた、門番として顔を合わせる事が多い守役騎士にもバレた様子は無かった。


「まぁ、大分現場は混乱していたようだったけど」


 ……ベゼニーカを守る仕事をしている彼らからすれば、深夜も過ぎた頃に突然の大爆発が発生し、スタンピードを警戒しつつ万が一に備えて最速で出せる最大戦力で向かったら、山が半壊しているという状況だ。

 控えめに言って訳が分からない上に、その崩壊した跡を調べれば出てくるのは、ここ最近ベゼニーカ周辺を荒らしまわっていた盗賊達のアジトである。どう頑張っても大混乱だろう。

 そしてそんな様子をよそに、イアリアは予定通り3日を森のベースキャンプで過ごし、旬の薬草を大きな瓶に5つ分も回収して宿に戻って来ていた。当然あるべき事情聴取は森に居る間に受けているので、現在は自由の身である。


「さて、それじゃあ……本命、と、いこうかしら」


 そう言いつつ、しっかり戸締りを確認してから部屋の中に取り出すのは、マジックバッグにそのまま放り込んでおいた、土まみれの金庫だ。恐らくそこそこ大規模な商隊を襲って手に入れたと思われるその金庫は、とにかく重い。

 それでも運べる通称マジックバッグには感謝しかない、と思いつつ、イアリアは合計で4つあった金庫の鍵を軽く触ってみた。すると、その内3つは鍵が掛かっていない。

 楽に済んでいい、と中を確認すると、1つは金塊が詰め込まれ、1つは子供の拳ほどもある宝石がいくつも転がり出て来た。実に直球のお宝だ。なのに鍵が掛かっていなかったのは、不用心と言うか何というか。


「で、もう1つだけど、これは……」


 鍵が掛かっていなかった金庫の最後の1つに入っていたのは、一見すると白銀色に輝く金属の丸い塊だった。葉に乗った水滴のような形をしているそれは、両手で持ってかぶりつくパンぐらいの大きさがある。だが、まさか、と思いつつイアリアが指先でつついて見ると、空気が抜けかけた毬のようにぷにぷにと柔らかく凹んだ。

 端をつまんで引っ張って見ると、むにーっという感じで少々の抵抗と共に伸びていく。金庫の外まで出た所で手を離すと、ぽとっと落ちた後、もにもにと元の塊状に戻っていった。

 実に脳が混乱しそうな正体不明物質だが、イアリアは、これに該当しそうな素材を1つ。紙に記された知識でだけだが、知っていた。


「…………魔化生金属ミスリル……!」


 それは魔力と言うエネルギーにより変質した金属であり、無機物でありながら生物的な特徴を備えた不思議な物質である。金属と言う安定しやすい物質が変質する事は殆ど無く、したとしても大半が元々変質しやすい性質を持つ銀から変じたものだ。

 国中の鉱山を探しても1年に1掴み程も見つかれば十分に幸運であり、人工的に変質を引き起こそうとしても、大抵は近いが異なる変質を起こし、魔物に分類される動く鉱物の塊……ゴーレムと化してしまう。そしてそのゴーレムを倒したところで、手に入る確率は非常に低い。

 しかも生物的な特徴を備えている為、どんなに高温の炉に放り込もうとも他の金属と混ざり合う事は無い。つまり体積を増やすことは出来ず、最初の塊の大きさが大きければ大きい程その価値は天井知らずに上がっていくという訳だ。


「……といっても、こんな不思議物質、他にあるとも思えないし……」


 さてそれらの前提を念頭に置いたうえで、今イアリアが金庫の中から見つけた魔化生金属ミスリルを見てみよう。

 銀、というには色が白く、つまり銀ではない。大きさは大きなパンぐらい、延べ棒にすれば3本ぐらいだろう。柔らかくよく伸びるが自分から動く事は無いので、ゴーレムへと変じる心配はまず無いと言っていい。

 はっきり言うと、いくら規模が大きいと言ったって、盗賊が所有しておけるような代物ではない。問答無用で国が徴発し、加工後は国宝に指定されるクラスの貴重品だ。


「現物を見た事が無いから、自力じゃ鑑定も出来ないわよね……」


 当然ながらその加工の難易度も非常に高く、加工できる人物も限られている。だが、調達、確保、加工と高難易度続きの経路を乗り越える価値は十分に存在するからこそ、その価値は天井知らずなのだった。

 本音を言えば今すぐ手放したいところだが、どんな方法を取った所で騒動になる事は避けられない。下手をしなくても国が噛んでくるのが分かっている以上、人の目に触れさせる事は出来ない。

 下手をしなくても所持していることが知られただけで安息の地など存在しなくなるのだ。ただでさえ逃亡生活中なのに、更に狙われ隠れる理由が増えてしまった。


「……どうするのよ、これ」


 繰り返しになるが、イアリアが盗賊退治をしようと決めた最初の理由は、ちょっとした小金稼ぎをしようと思ったからだ。

 それがあそこまで本気の攻城戦をする事になった時点で想定外なのに、盗賊団が持っているというだけで違和感しかないドが付く貴重品が出て来て、流石のイアリアも、そろそろ途方に暮れていた。

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