第14話 宝石はひとまず確認を終える

 とりあえず魔化生金属ミスリルに関しては、金庫内部で居心地良さそう(?)にしているので、そのまま蓋を閉めてマジックバッグの中へ戻したイアリア。当面はこの中に放り込みっぱなしだろう。

 で、と問題を先送りしたところで向き直るのは、鍵が掛かっていた金庫だ。流石に鍵を開けるだけの技術は無いし、壊すのもまた難しいだろう。それこそ爆薬で吹き飛ばしたところで、焦げ目がつくだけで終わりだ。


「派手にやって、中身が壊れても困るもの」


 が。イアリアは少なくとも現在、魔薬師として活動している。特殊な効果を持つ薬の作成は難しくなく、時間をいくらかけてもいいのであれば、鍵が掛かったままでもその中身を傷つけず取り出す方法は存在する。

 だからイアリアは念の為、扉を下にする形で木箱に金庫を入れて、部屋の隅に移動させた。その状態で金庫の上になった面、本来は背面に当たる部分にボロ布をかぶせる。

 そしてそこへ、とある魔薬を染み込ませるようにかけていった。ボロ布が十分濡れて、滴る寸前で瓶を持ち上げて蓋を閉める。


「後は待つだけね。どれくらいかかるかしら」


 イアリアが使ったのは、強力な腐食効果を持つ魔薬だ。錆び付いて動かなくなった金属の扉や部品の類に使う最終手段、というのが通常の使い方である。遺跡の探索を主とするトレジャーハンター御用達の魔薬だったりした。

 この魔薬のいい所は、金属以外には一切影響しないという点だろう。つまり、外側となった木箱に万一垂れた所で壊れる事は無いのだ。流石に劇薬なので素手で触る事は推奨されないが、それでも肌が荒れる程度で済む。


「で……あとはどうしようかしらね。冒険者ギルドの口座に預けるにしても、一度に持っていくと目を付けられてしまうでしょうし。宝石の方は貴重品だろうから、出来れば現金化したいところだけれど」


 そして、他の戦利品の見分に移るイアリア。硬貨が詰まった袋の中身は大半が銀貨と銅貨だったが、中にはちらほら金貨も混ざっている。総合するとかなりの金額になるだろう。

 宝石の方は言わずもがなだ。なお、魔薬の中には特定の宝石を材料として使用する物も存在する。もちろんイアリアは知っているので、そういう宝石は真っ先に取り分け、素材としてポーチに突っ込んでいた。

 とは言え。と、床を埋め尽くす様なまばゆい輝きを前に、大儲けしたのは良いがそれを使える形にするにはどうすればいいか、イアリアはかなり考える事になった。


「……。まぁ、別に、非常用として鞄の底に眠らせておくだけでも十分なのだけど……」


 そして結局、こちらも問題を先送りにする事になるのだった。別に腐る物ではないし、持ち歩きに便利な資産というならある意味最適解なのだし。という結論に現実逃避が混ざっているのは、仕方ないだろう。

 そもそも現在時点では、イアリアを半ば指名しての魔薬作成依頼だけで十分に懐を潤すことは可能だ。もちろんそんな事実を、ベゼニーカに入るまでは知らなかったから小金稼ぎこと盗賊退治に意識が向いたのだが。


「えぇ、まぁ、名乗り出て名誉と賞金を貰うことは出来ないけれど、この近辺の安全を手に入れられたのよ。それで充分よね」


 そもそもその名誉というものに一切のメリットを感じていないイアリア。逃亡生活中の現在、名が知れるという事には基本的にリスクしかない。だから名乗るつもりは、盗賊の規模によらず最初から一切無かった。

 そうして現実逃避あるいは先送りという形で得た物の決着をつけたイアリア。次に取り出すのは何かと言えば、あの下処理をした瓶詰めの薬草だ。


「さ、て、と。それじゃ、自分用の魔薬を作りにかかろうかしら。お仕事はもうちょっと時間を置いてからでもいいわよね。森で3日も過ごして疲れているのだし」


 働く気が基本的にあんまり無いイアリアは、日に日に増えていく魔薬納品依頼を頭の中から締め出して、自分用の便利な魔薬と、それを使った魔道具の作成に取り掛かるのだった。

 ……アッディルであれば、作ったこれらをギルドに貴重品枠で預けていただろう。だが今はマジックバッグがある。もちろんあまり怪しまれないようにある程度は預けるつもりをしているが、それでも大半は手元に残すつもりだ。

 何故なら今の時期に生えるこの薬草は、正しく加工すれば、暑い場所ではその熱を吸い取り、寒い場所では熱を吐き出すという魔薬になるからだ。そしてその熱の容量は、作成時に投入した魔石の量に比例する。


「魔力も消費できるし、このマントも快適になる。良い事しかないわね。……とは言え、納品する分は普通に作った方がいいかしら。バレると面倒な事になる予感しかしないわ」


 流石にイアリアも、この気候の中でずっと雨の日用の分厚いマントを羽織り続けるのは厳しかった。必要な事だとは分かっているが、だからと言ってマントに籠る熱で倒れてしまっては意味がない。

 そんな訳で、とりあえずその日と、ついでにその次の日は丸ごと、その温度を調整する魔薬の作成に費やしたイアリアだった。

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