第15話 宝石は金庫を開ける
そこから数日が経ち、主に魔薬の納品依頼を受けつつちょいちょいベゼニーカの周囲へ採取をするというサイクルでのんびりと過ごしていたイアリア。どうやらあの割としっかりした砦を要塞染みたアジトにしていた盗賊は相当な範囲に影響していたようで、すっかり盗賊に関する話は聞かなくなっていた。
ベゼニーカにおける法治機関の上層部は、その要塞をほぼ跡形無く吹き飛ばした誰かの正体に頭を悩ませていた訳だが、それはイアリアの知った事ではない。
「夏売り祭?」
「はい! ベゼニーカで年2回行われる、大規模な販売祭りです!」
そして今日も何だか随分と数のある魔薬の納品依頼を受け、納品を済ませて帰ろうとしたところで、冒険者ギルドのギルド職員からそんな話を聞いたイアリア。何の事か、と首を傾げると、そのギルド職員は楽しそうに語ってくれた。
その話によれば、どうやらその祭りこそがあの大行列の原因だったようだ。ほぼ大陸中の商人と商品がこの祭りを目当てとして集まる為、それに乗じようとする不心得者も増え、そのチェックに時間が掛かっていたのだという。
そしてそれだけの規模の祭りだから、普段は見る事すら難しい珍しい商品や、高額極まる為に手が出せない商品も、上手く見切れば手に入れる事が出来るらしい。
「中でも目玉は「覆面オークション」ですね!」
「……そこはかとなく非合法の匂いがするのだけど?」
「いえいえ! 覆面っていうのはそういう事では無くてですね、誰でも気軽に参加できるという意味なんです!」
そして続けて語られた「覆面オークション」についてだが、こちらは商人ギルドが主催するオークションであり、出品者が不明なまま取引が行われるというのが特徴のようだ。
具体的な方法としては、オークションの前1週間の間商人ギルドの前にテントが立てられ、そこにある木箱をまず持って帰る。そこに売りたいものを入れて蓋を閉め、テントに持っていくと、引き換えに絵札が貰える。
商人ギルドは木箱の中身を番号で管理し、出品者に忖度する事なく鑑定してからオークションにかける。そして売り上げを木箱に入れて、絵札と引き換えで受け取る事が出来る、というシステムだ。
「といっても、絵札を引き換えられる枚数には限界があるんですけど……。でも、ベゼニーカではその絵札を孤児院に寄付をする事にも使えるんですよ」
「へぇ、そうなの」
「はい! 大抵大した金額は入ってないんですけど、木箱を開けるのは子供たちの楽しみなんです!」
「……あなたがそうだったように?」
「そうですね! ……あっ!? いいいいやその、決してあの、アリアさんなら絶対いい線いくとかそんなんじゃなくってですね!?」
「全部言葉になってるわよ」
「あわわわわわ!」
という話を聞いて、宿に戻って来たイアリア。なるほどねぇ、と、1人になってから呟く。同時に思い浮かべるのは、ごろごろと転がる大きな宝石や、金塊の山だ。
完全に匿名という事にはならないだろうが、それでも建前上だけでも出品者不明を貫いてくれるのであればこんなに助かる事は無い。シラを切りとおすことも比較的簡単だろう。もちろん、油断はしないが。
「なるほど。……それならまぁ、参加も検討してみましょうか。これの中身にもよるけれど」
そんな事を言いながら引っ張り出したのは、金庫の入った木箱だった。そう。金属を腐食させる魔薬で、背面に当たる部分を壊して中身を確認しようとしていた、鍵のかかった金庫だ。
重量はしっかりとある為、ある意味中身を楽しみにしていた1品だ。もっとも、同じくらい厄介事である可能性もある事は忘れていない。何せ
それが鍵をちゃんとかけている、という時点で、よほどの貴重品か厄介事か。どちらにせよ厄ネタではあるのだが。
「えぇと……あぁ、良かった。ちゃんとほとんど錆びになっているわね」
そんな訳で、ある種の覚悟を決めてボロ布を剥がしたイアリア。ボロ布はそのまま燃やしてしまう事にして、手袋を着けたまま、棒状の金属やすりでバリバリと錆の塊と化した金庫の背面を削り始めた。
すっかり錆びてボロボロになっているので、簡単に砕いて壊すことが出来る。然程かからず、バキッ、という感じで分厚かった金属の層は貫かれた。
そのまま背面だった金属の壁を壊していって、最終的に扉を開けたのと同じように中身が見える。そして、その中身は何だったか、と、言うと。
「……まぁ、分かっていたわ。えぇ。だってそれぐらいしかないじゃない」
言葉に反して、頭が痛い……と言わんばかりに額を押さえたイアリア。そう。その中身は、貴重だが扱いに非常に困る、何らかの書類の束だったのだ。
頭痛を耐えながらそれでも手袋を着けたまま書類を確認していくイアリア。内容は何らかの帳簿らしいものの他、契約書らしいものも含まれている。そして多少想像がついていた通り、あの盗賊のアジトが、曰く付きである事を示していた。
「本当に、何処にでもいるというか、あるというか……」
これらの書類によれば、あの盗賊がアジトにしてたあの砦は本来、魔物から街を守る為の拠点の1つだったらしい。どうやらイアリアが1日ほど罠だらけにしたあの森は、昔は結構危険な魔物が跋扈する危険地帯だったようだ。
しかしベゼニーカ側からの根気強い駆逐作戦が功を奏し、あの森はそれなりに平和になった。そうなると砦は不要になる訳だが、この時その権利関係でごたつき、その隙にとある商人が権利を掠め取っていった――のを、あの盗賊の元となる集団が強奪したようだ。
「……まぁ、盗賊には過ぎた拠点よね。えぇ。そもそもの権利だって盗み出された物なのだし」
少なくとも権利的には何も問題ない占拠であったことが判明したが、イアリアはそう理論武装をしてそっとその書類を脇に避けた。
で、ここからが更にややこしいのだが、どうやらその「とある商人」は色々とやらかしていたらしく、一緒に外に出たらヤバい書類もごっそりと強奪されていたらしい。
なのでどうやらこの金庫は「盗賊でもちゃんと鍵をかけていた」のではなく、「盗賊では開けられないレベルの鍵がかかっていた」らしい事が判明した。……それはそれで頭が痛いのは間違いないのだが。
「どうしましょうか、これ……」
その中でもっともイアリアが頭を痛めたのは、小さな布の袋だった。手袋を着けたままつまんで持ち上げ、中を覗くと、入っているのは細かな装飾のある指輪のようだ。
そしてその指輪に関する書類によれば、これはベゼニーカに本店を構える、とある大商会の代表者の証らしい。何故そんな物が、もちろんその大商会に所属している訳ではない「とある商人」の金庫に入っていたかというのは、厄介事である。
……「持っているだけで厄介な事になる」代表格の様な、少なくともイアリアにとっては、下手な呪いの品より厄介な貴重品だった。
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