第16話 宝石は祭りを見て回る

 冒険者ギルドのギルド職員から聞いた話である「夏売り祭」まではそう日があるものでもなかったらしく、翌々日には商人ギルドの支部長とベゼニーカを治める貴族が共に広場に作られた台に立ち、開始を宣言した。――らしい。

 何故らしいかというと、イアリアはいつものようにのんびりと朝寝をしていて、その宣言とやらを聞いていないからだった。その後、いつもより何だか騒がしい気がする、と思いつつ冒険者ギルドに顔を出し、そこで初めて「夏売り祭」の開始を知ったという訳だ。


「あぁ、なるほど。それで今日ばかりは何の依頼も無いのね」

「そうですね。よっぽど緊急じゃ無いと依頼は出ませんし、その場合は壁に張らず直接お伝えしますので!」


 という訳なので、雨の日用の分厚いマントにすっぽりと身を包み、フードをしっかりと下ろした状態で、イアリアもベゼニーカの「夏売り祭」を見て回る事にした。

 流通の要として常日頃から賑わっているベゼニーカだが、今日はそれに輪をかけて人出が多く、それに比例するように客引きの声もよく響いている。温度調節を自動でしてくれる魔薬をマントの内側にしっかりと塗りこんでいても、暑さを感じる程だ。

 そしてイアリアのお目当ては、食材でも宝飾品でもなく珍しい薬草の類だった。出来るだけ北西方向には行きたくないので、そちらでしか採れない薬草があれば可能な限り買い込んでおきたいところだ。


「……値段は、まぁ、しょうがないわね……」


 流石に明らかに暴利な値段の店からは距離を置いたが、そこそこ高い程度ならまぁいいかと見かけるたびに買い込んでいくイアリア。冒険者ギルドに行って依頼が無いのを見た時に、口座に入れっぱなしの現金をいくらか引き落としてきたので懐は温かい。

 それに加えて、盗賊のアジトという名の要塞から回収してきた現金もある。どうせあぶく銭だからと、今回全て使い切るつもりでイアリアは散財していた。


「(素材になるんだから無駄ではないわ。えぇ、買い食いや使い道の無い置物とかでは無いもの)」


 ……と、自分で自分に言い訳する程度には。

 そんな風に当ても無くふらふらと通りを歩き、屋台や地面に布を広げただけの露店を時に冷やかし、時に買い占めとやりながら進んだ先に、一際大きなテントが見えた。

 近くの屋台で深い木の器入りのスープに入った麺料理を買って、そのついでにあの謎のテントに聞いてみる。


「ありゃ商人ギルドの「覆面オークション」の受付だな。あそこに行って空の木箱を貰って、中身を入れた木箱をあそこに持っていくんだ」

「あぁ、あそこだったのね。ありがとう」


 という事らしかった。

 流石に食事をするスペースは人の流れから外れた所にあり、簡単な椅子と長机が並んでいる。その端っこに座ってテントを見ながら麺料理を食べたイアリア。

 なるほど、それでは行ってみようかしら……と思いながら席を立つ。もちろん木の器はその机に放置だ。随分と慣れた物である。


「(そういえば、これも一応孤児院への「寄付」になるんだったかしら)」


 それはギルド職員が「夏売り祭」と「覆面オークション」で語っていた内容だ。この街には孤児院があり、「覆面オークション」で売り上げと引き換えられる絵札は寄付としても使えるのだと。

 何となく察していたイアリアだが、同時に思い出されるのは子供ながらに恫喝していた少年たちと、恫喝されていた幼い兄妹だ。あれ以来それらしい光景は見ていないが、同時にあの兄妹の姿も見ていない。

 場所を移したのか、それとも「よそもの」という発言から、ちゃんと孤児院に保護されたのか。或いは子供でも出来る仕事が見つかったのか、それは分からないが。


「(それにしても、孤児院、ね。商都では意外、でもないのかしら。お金の集まるところには人が集まる。であれば、人の心も集まるという事でもあるわね)」


 通常孤児院とは、一定以上裕福な町にしか存在しない。その答えは単純で、町に余裕が無ければ経営していくことが出来ないからだ。もちろんそこで保護できる子供たちの数も、孤児院の規模に依存する。

 そしてその運営は、ほとんどの場合が創世の女神を祀る教会によって行われていた。もちろん一部貴族の道楽や後ろ暗い組織が運営するものもあるが、だからこそ通常は「寄付」という形で運営資金を集めている。

 ちなみに女神の実在を疑う声は存在しない。これも単純で、魔力というものの内、光と闇に属するものは、そのまま神の振るう力だからだ。よって光と闇は常にセットであり、どちらか片方だけの適性を持つことは無い。


「(光と闇の魔力適性は神の恩寵。光と闇に特化した適性を持っていれば、魔法使いとして国に仕えるのではなく、聖者として教会で祈り暮らす生活が待っている、だったかしら)」


 なお魔力の適性は他にあと4つあり、これは属性魔力と言う。女神が創世の際に自らの補佐として生み出した眷属に由来するとされ、火、風、水、土のいずれか1つに特化した場合、魔力の量が少なくとも魔法使いとしては大変強力だとされている。

 なお、イアリアはその6つの属性全てに適性を持っている。その底が見えない程莫大な魔力量もあり、魔法使いとして大変将来を有望視されていたのだ。……その分、周囲の当たりもきつくなった、という点は、否めないが。


「(今はもう関係ない話ね)」


 いずれにせよ、魔法使い――自らの意思で世界を書き換える事が出来る人間の話だ。魔力が全て魔石になってしまう魔石生みには、関係の無い話である。

 そう切り替えて、イアリアは「覆面オークション」のテントへと向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る