第17話 宝石は祭りに参加する

 木箱はいくつ持ち出してもいいが壊すと罰金で銀貨1枚。絵札は何枚でも受け取れるが、1人が引き換えられる枚数は3枚まで。出品者は基本的には不明とされるが、法に触れる品を持ち込んだ場合は商人ギルドを敵に回したうえで絶対に探し出される。

 ――という内容が、テント内部に張り出してあった。どうやらこれが「覆面オークション」に参加する際の注意事項らしい。

 なるほど、と1つ頷いたイアリアは、「空」という立て札の後ろに山積みになっている全てが全く同じ大きさ、同じ見た目の木箱の山から、2つを取って部屋に持って帰った。


「流石にこれを持ち歩く訳にはいかないし、持っていても使い道が無いし、売り払うにしろ壊すにしろ難易度が高いのよね」


 そしてその中に入れるのは、鍵のかかっていなかった、現在は空の金庫だ。これも何気に貴重品なのだが、それ以上に重量物である。壊して素材にしたところでただの鉄の塊なので、貴重品として売り払えるならこれ以上は無いのだった。

 という事で、空の金庫を1つずつ木箱に入れて「覆面オークション」のテントに持っていったイアリア。とはいえ流石に重量があるので1つずつであり、そのたびに新しい木箱を持って帰って来たので、部屋にはまだ同じく空の木箱が2つある。


「絵札の受け取りは3枚まで。法に触れるものでなければ探し出す事はしないという事だから……まぁ順当に、1つは金塊で1つは宝石よね」


 次の木箱には、それぞれ金庫の中身だった金塊と宝石を入れていくイアリア。全部入れたいのは山々だったが、そこはぐっとこらえて半分弱に抑えておく。流石に金額が大きくなりすぎれば厄介事になりかねないからだ。

 そしてそれらの木箱を持って行って、再び2つ木箱を持って帰って来た。今度は何を入れるかと言えば、もちろん自作の魔薬と……あの、厄ネタでしかない、書類の山だ。


「差出人不明の荷物に危険物が入っている可能性を考えないなんて、そんな馬鹿な話は流石に無い筈よね。ってことは、確実に身を守る為と「犯人」を捕まえる為に、法を守る武力と調査及び裁判の権限を持つ権力者が一緒に待機している筈よ」


 この書類の本来の持ち主は、明らかに後ろ暗い事をしている「とある商人」だ。イアリアは理不尽が嫌いなので、こういう下種は思い切り厳しく裁かれてしまえばいいと思っている。

 盗賊のアジトに保管されていたという事から、もしかしたらもうこの世にはいないかも知れないが、それでも法治機関へ確実に届けられる方法があるならそれに越したことはない。「とある商人」に握りつぶされない程の場所へ一気に届けられればなお良しだ。

 そういう意味では、買い手だけではなく売り手側から見ても「何が出てくるか分からない」というこの「覆面オークション」は、絶好のチャンスだった。「とある商人」の影響が何処まで及んでいるかは分からないが、流石にベゼニーカを牛耳っているというほどの影響力は無いだろう。


「そこまで上り詰めているのなら、こんなこそこそした事はする必要が無いものね」


 それでも一応、木箱に入れるのは書類「だけ」にしておいたイアリア。……そう。あの肝心要にして色んな意味で厄介な貴重品である指輪は、上等な袋に入れたままでまだ手元にある。

 いくら書類をふさわしい場所に届けたとして、これを持ったままではいずれ厄介事に巻き込まれる。それは分かった上で、それでもイアリアがこれを手元に残した理由は、というと。


「理不尽を強いた奴が、正当な方法と権利で足を掬われて奈落へ真っ逆さま。それ以上に気分が良い事はないわ。自分の目で見れない事は残念だけど」


 イアリアはあの書類の山に、一通り目を通していた。その結果が、あの書類の山は全部真っ黒、という判断だ。だからこそ「とある商人」への容赦は欠片も無い訳だが、つまりイアリアは、すぐ忘れるつもりとは言えあの書類の山の内容を全て理解している。

 そしてその中にはあの指輪に関するものもあり、当然ながらそこには指輪に関する権利や規定が書いてあった訳で、そうなれば「本来の所有者」というのを推測するのもさほど難しくは無い。

 そしてイアリアは納品依頼や街歩きの隙間時間を使って、ちまちまとベゼニーカにおける大商会に関しての情報を集めていた。


「人の口に戸は立てられない。悪名を隠し通すことは出来ない。いくら気を付けていたって、ここは商人の街よ。耳聡い事が才能と数えられる場所で、やる事やってれば噂という不確定な形であっても流れ出るわ」


 そのおかげで、この指輪の「本来の所有者」も、この指輪が継承権となる大商会も、その大商会の現状も、ついでに「とある商人」の正体にも、大体の予想が付いていた。

 実際の所然程興味がある訳では無いので、精々覚えていたとして大商会の名前ぐらいだろう。「とある商人」については、警戒が必要なブラックリスト入りという意味で覚えているかもしれないが。

 だからこそ、書類の山と指輪は、分ける事にしたのだ。1ヵ所にあれば、「とある商人」以外にも良からぬことを考える人間があらわれる、かも知れない。イアリアの人間嫌いな部分が、最大限の警戒をもって慎重に行動する事を選択させた結果だった。


「それにしても、全く……」


 そして、書類の山と指輪を分けた理由としては、もう1つ。

 書類の山は何処に出すべきか迷い、結果一番ふさわしい「と思われる」場所へ送る事を決めた。逆に言えば、同程度に安全と確実さのある手段が他にあれば、そちらを選んでいたという事だ。

 だが、指輪については、早々にどこへ送るかが決まっていた。例えそれこそベゼニーカという大きな街を自らの足で、何日もかけて歩くことになろうとも、イアリアが指輪を渡す相手は1人しかいない。


「……何が何処でどう繋がるのか、本当に分からない物ね。人の縁と言うのは」


 もちろんそれはイアリアに利があるからではない。イアリアが何かを得る訳では無いし、むしろ得る事からは自ら逃げるのがイアリアだ。

 指輪を渡す相手が決まっている理由は、たった1つ。

 その相手が、理不尽さえなければイアリアなどを介さずとも指輪を持っていた、正当な権利を持つ、「本来の所有者」だからだ。

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