第18話 宝石は幸運にあやかる
書類の山を入れた木箱を「覆面オークション」のテントに運び込み、合計6つの絵札を受け取ったイアリア。大物の厄介払いを済ませた所で、イアリアは金塊、宝石、魔薬を入れた木箱の絵札をポーチにしまい、それ以外の絵札を手に持って、ベゼニーカの路地へと移動した。
向かうべき先の場所は、あの口が滑りやすい冒険者ギルド職員から聞いている。商都とはいえこの辺りは普通の街らしく、余所者であるイアリアに(格好も相まって)不審者に対する視線を浴びせられる中を歩いて行った先にあったのは、教会だ。
光と闇を司る創造の女神。この世界における唯一神を崇めるための場所からは、賑やかな子供の声が聞こえて来ていた。
「(ちゃんと絵札を入れる為の箱も置いてあるのは、分かりやすくて助かるわね)」
厄介払いした所で、その支払いを受け取りに行っては何をしているのか分からない。なので完全に出品者を不明にする為に、イアリアは空の金庫と書類の山を入れた木箱の絵札を、孤児院の門の前に設置してあった、現時点でそれなりの数の絵札が入っている箱に放り込んだ。
その動作でどうやら怪しいものではないと周囲が理解したらしく、到底好意的とは呼べない視線の圧が緩む。どうやら巡回している守役騎士を呼ばれるという事態は回避できたようだ。
「(何となく察してはいたけれど、一応確かめておいて良かったわね)」
そして、その賑やかな声の中に幼い少年と、更に幼い少女の兄妹が「いない」事を確認したイアリア。ベゼニーカ程大きな街であっても、孤児院と言うのは大抵1つきりだ。
それだけ孤児院と言う物の経営は難しく、そこから巣立っていく子供達の行く先も限られているという事なのだが……それはつまり、そこからあぶれる子供も、間違いなくいる、という事を示していた。
あの少年達の恫喝内容や、身に纏っているものの差異から、孤児院に世話になっている可能性は低いと踏んでいたイアリア。その可能性をしっかりゼロにしたところで、もう用は無いと踵を返す。
「……あの、そこの方」
「何かしら?」
「いえ。そのお心に感謝を申し上げたくて。是非ともこちら、お受け取り下さい」
……返したところで、司祭と思われる女性に声を掛けられて、足を止めた。何だろうと視線を落とした先、差し出された手には、一目で手作りと分かる小さな布袋に、創世の女神の印が縫い取られたものがある。
フードに顔をすっかり隠していても首を傾げたのが伝わったらしく、そのまま説明してくれた司祭によれば、これは他人に贈る事で幸運をもたらすと言われているお守り袋なのだそうだ。
本来は孤児院の収入の1つなのだが、子供達の手習い品でもある為、こうして寄付を行った人物に対しても贈られるらしい。……そう思って見てみると、確かに縫い目も刺繍も拙い。
「この中には幸運を招く為の標が入っております。故に、幸福が来るまでは決して開けてはなりませんが、幸運が来た後には、再び幸運を招く縁を入れて、誰かに贈られると良いでしょう」
「……幸運が来たら開けてもいいのね?」
「幸運とは巡るもの。その巡りの一因を担う事で、誰かに幸運が訪れた際に、その一助となった方へも幸運が分け与えられるのです」
実際の所はさておいて、そういう縁起物という事だ。なるほど、と納得したイアリアは、そのお守り袋を受け取った。
そしてそのまま借りている部屋まで戻る。書類の山が入っていた金庫は完全に錆の山に変えてしまう為、木箱に入れられて魔薬を染み込ませたボロ布をかぶせられ、部屋の隅だ。
「さて、と……」
結局家具を買い足すことは無く、ガランとした空っぽの部屋の中でイアリアが取り出したのは、先程受け取ったばかりのお守り袋だ。別に持っていたところで邪魔という訳ではないが……。
「既にこのお守り袋が来たという事が幸運よね。迂闊に本人が中身を見て、ピンとこなければ誰がどう手を出すか分からないんだから」
に、と笑ったイアリアは、さっそくそのお守り袋を開けた。手の中に隠し持てる程度の大きさの布袋の中身は何だったか、と床に広げた布の上でひっくり返してみると、ぽたり、と落ちる物がある。
イアリアが視線を向けると、それはどうやら茎を短く切られた花の蕾のようだ。まだ閉じているものの細長いその花弁は白く、それを支える萼はインクのように黒い。
茎は普通に緑色なので、作り物と言う訳でも無いようだ。口の開いたお守り袋を横に避けてその蕾をつまみ上げたイアリアは、少し考えた先にその正体に思い至って、目を見開いた。
「女神の花の蕾、よね? いえ、確かに孤児院は実質教会だし、幸運を招く縁としてこれ以上は無いでしょうけど。……あの司祭、思った以上に位が高かったのかしら」
女神の花、とは、光と闇に適性のある魔力が十分にある環境でなければ育たない、特殊な花だ。育つこと自体に「神の恩寵」とされる属性の魔力を必要とすること、及びその白い花弁と黒い萼の色合いから、女神が齎した花だと言われている。
特定の魔力を必要とする変異植物や魔物は珍しくないので、恐らく元はそう珍しいものでもない花が、たまたま教会に満ちている魔力に適応しただけなんじゃないかとイアリアは思っているが、不明な真実はともかく一般的にはそうなっていた。
それに由来はともかく、光と闇の魔力が十分にあるところでしか育たないという特徴は、ある種の薬効と言う特性を得る事に繋がった。それ故に教会が半ば独占して、収入源となると同時に流通が少ない理由となっている。
「魔薬師としては、これが手に入っただけで幸運よ。袋だけでも十分だと思ったけど、やっぱり良い事ってするべきなのね。出来る範囲で」
その特性とは、どんな属性でどんな性質を持つ素材を使っても、それらを反発したり対消滅したりせず混ぜ合わす事が出来る、「つなぎ」としての性能だ。もちろん属性が遠かったり性質が真逆だったりする素材であれば難易度は上がるが、それでも量を使えば混ぜる事が出来るという、魔薬師垂涎の品である。
もちろん蕾なので種は取れない。魔力はどうにか出来るとしても、ここから増やすことは出来ないだろう。だがそれでも貴重な植物だ。
イアリアはすぐに植物用の栄養剤を垂らした水を半分弱入れた小瓶を用意して、砂粒ほどの白と黒の魔石を一匙分ほど作って沈め、そこに女神の花の蕾を差すように入れた。萼がギリギリ水につからないほど小さな瓶の中で、まだ蕾の花は綺麗に収まる。
「さて、と。さっそく幸運をもたらしてくれるとは、何て効果の確かなお守り袋かしら。これは是非とも幸運のおすそ分けにあずからなければならないわ」
ふふふーん、と鼻歌交じりで空になったお守り袋をイアリアは手に取り、その袋の中にある物を入れて、袋の口をしっかりと縛り直したのだった。
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