第19話 宝石は売り上げを受け取る

 「夏売り祭」というのは合計で5日続くようで、「覆面オークション」の絵札が換金できるのは最終日の翌日からだったそうだ。なのでイアリアは午前中はベゼニーカの通りをうろついて珍しい素材を買い求め、昼食は中央広場の屋台でとり、また午後は街を見て回るという風に過ごしていた。

 とはいえ4日目には既に人混みにうんざりして、午前中を街の外で採取をして過ごしたりしていたので、祭りを楽しんでいたかと言われると、少なくとも傍目から見れば首を傾げられていただろう。

 そしてこの「夏売り祭」が終わって数日もすれば、1ヶ月という単位で借りている部屋の契約期限が来る。ベゼニーカにまだ滞在するつもりなら契約を更新するべき、なのだが。


「(厄介事からはさっさと距離を置くに限るわ。お祭りが終わればまた商人たちは散っていくんだし、その何処かに護衛としてくっ付いておさらばよ)」


 まぁ、イアリアにそんな気はさらさら無かった。そもそも現在進行形で逃亡中な上、魔化生金属ミスリルという注目を集めるという意味での危険物が増えてしまっている。

 あの書類の山から「とある商人」がどういう末路を辿るのかというのは大体想像がつくし、その「とある商人」から魔化生金属ミスリルの事が漏れる可能性はゼロではない。

 だから魔化生金属ミスリル以外の全ての厄介事とつながりそうな物品を、しかるべき場所に送ったり渡したりして身軽になった現在、ベゼニーカに留まるメリットはほとんど無いと言っていい。


「えーと、絵札の引き換えは……あぁ、同じテントで行われるのね」


 そして最終日が盛大な盛り上がりと共に終了した、翌日。ここは変わらずのんびりと朝寝をして、勤勉さがほとんど残っていない時間にイアリアは街へと繰り出していた。

 まだ片づけが追い付いておらず、昨日までの祭りの名残がそこここに残る中、それでも早速今日の商売に精を出している商人達と買い物客の間を縫って中央広場まで来たイアリア。そしてそこに変わらず立っている大きなテントと、その出入口横に建てられた立て札を見て、テントの出入口をくぐった。

 前回とは違って、テントの中は天井から垂らされた布で更に細かく分けられていた。通路が外周に沿って伸びていて、円を描くように小部屋が並んでいるようだ。


「(まぁ「覆面」オークションなのだから、受け取りもしっかりしていないと意味が無いわよね)」


 どうやら小部屋の出入口となる布がしまっていれば利用者が居て、開いていると利用可能なようだ。結構布が閉まっている小部屋が多い事にイアリアはちょっと驚きつつ、半分以上回り込んだところでようやく開いている小部屋を見つける。

 中には垂らされた布で向こう側と仕切られた長机があり、手前に椅子が一脚だけ置いてあった。どうやら相手もこちらも顔を見ないでやりとり出来る様だ。

 邪魔に入られてもあれなので、さっさと出入口の布を閉めて椅子に座るイアリア。しばらく待っていると、布の下から机を滑らせる形で、す、っと四角い木のおぼんが出て来た。


「(これに絵札を乗せろって事かしら)」


 自分の分として確保しておいた3枚の絵札を乗せて、すっと布の向こう側に押し込んでみるイアリア。どうやらそれで合っていたらしく、布の向こう側で人や物が動く気配があった。

 ガタゴトというのは、絵札に対応する木箱を探しているのだろうか。とか思っている間に、ゴト、という音が聞こえた。今目の前にある机の向こう側に、重量物でも乗せられたような音だ。

 それが後2回聞こえた所で、今度はずずずという、木製の物がこすれる音が聞こえてくる。然程なく布を押し上げるようにして、木箱が3つ、縦に並んで出て来た。


「(……机に乗せて、真っすぐ押したのね。机が痛むと思うんだけど……)」


 で、これを持って帰ればいいのね。と思ったイアリアだが、何故かさらに布の向こうから、木箱を開ける為の金具が出て来た。どういう事か、と思っている間に、先程絵札を乗せた四角いおぼんがもう一度戻って来る。

 そこにはメモが乗せられていて、『空の木箱は机の下に置いてお帰り下さい』と書いてあった。うん? と首を傾げてちょっと考えるイアリア。


「(……あぁなるほど。確かに、木箱のままだったら「お金を持っていますよ」と教えるような物だものね。でも「覆面オークション」の特性上、向こうで袋に移す訳にも行かない。だからここで開けて、お金だけ持って帰って下さいって事かしら)」


 なるほど。と自分の立てた推測に納得して、イアリアは金具を手に取った。そのまま、木箱を順番に開けていく。金塊と宝石はともかく、魔薬は大銀貨が入っていれば上等、と思いつつ見た、木箱の中身は。


「…………?」


 木箱の1つには大金貨が数枚入っているだけ。もう1つには大金貨が数十枚と、何かが書かれた数枚の紙。そして最後の1つには、硬貨が見えない程ぎっしりと何かの紙が詰め込まれていた。

 何よこれ。と、適当にその内の1枚を手に取って文面を読んでみるイアリア。大きさ的にはイアリアの手より少し小さい、カードのようなしっかりした紙だ。シンプルな文体で書かれているのは、商人ギルドに所属する商人の名前と店舗の名前、そして、取次やアポイントの面倒をパスして連絡が取れるという記号染みた数字の並びだった。

 くるりとひっくり返してみると、そちらにはどうやら手書きらしい文体で、こんな文章が書いてある。


『素晴らしい魔薬です。是非とも我が商会と契約を結んで定量納品して頂けないでしょうか。魔薬師様ご本人であれば雇用契約のご準備があります。また材料のお買い求めも是非我が商会で。気軽にご連絡下さい』


 その後も何枚か見てみたが、大体どれも似たような内容で、似たような文面だった。えー? と首を傾げながらその連絡先が書かれたカードをマジックバッグに放り込んでみると、木箱の底には銀貨がじゃらじゃらと入っている。

 ……何で繰り上げず銀貨のままなのかしら。まぁ使いやすくていいんだけど。と、あえて深く考える事から逃げながらイアリアはその金額を財布として使っている袋に移した。空になった木箱は、メモ書きの通り机の下に置く。

 もう1つの木箱に入っていた数枚のカードは、宝飾店からの似たような内容のものだった。これも同じくマジックバッグに放り込み、大金貨は貴重品を入れる別のポーチに入れる。推定金塊が入っていただろう木箱の金貨は、少し考えて貴重品を入れるポーチに入れた。


「(それにしても。ある意味、人脈という報酬を貰ったと言えるのかしら。……使いようによっては、自分の首を絞めかねないけれど)」


 自分の魔薬作りの腕前に関して、まだちょっと自覚のないイアリア。どうやら思った以上に評価されているらしいという事実に、真っ先に出てくるのは警戒だった。

 3つの木箱を全て空にして、机の下に戻す。木箱を開けた金具は少し考え、メモの乗ったおぼんの上に乗せて、布の向こうに押し込んでおいた。そのまま小部屋出入口の布を開けて、テントの出入口へと向かう。


「(とりあえず大金貨と金貨は布袋に移して、冒険者ギルドの口座に入れておきましょう。流石にこれを持ち歩くのは問題しか無いし、せっかく銀貨で貰ったのだから当面の資金はこっちで十分だわ)」


 そう算段を着けて中央広場へと戻り……思った以上に高く上っている日を見て、昼食を取ってから冒険者ギルドに向かう事にしたのだった。

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