第20話 宝石は次の街へ転がっていく

 「覆面オークション」での売り上げを受け取り、その足で冒険者ギルドへ向かって口座にその現金を預けたイアリア。その日は午後一杯を使って、再び張り出されていた魔薬の納品依頼を受けた。

 翌日は午前中を同じく魔薬の納品依頼を受けてこなし、昼食は屋台で食べる。そして祭りでの売れ残り目当てで街を見て回り、魔薬を入れる瓶や針金といった、そこそこに使う消耗品を買い込んでいった。

 さらにその翌日は、昼食以外は魔薬の納品依頼をこなす事に集中。日に日に増えていく依頼はそれでも片付け切る事が出来なかったのだが。


「まぁ、仕方ないわね。私じゃなくても誰かがやるわよ」


 さらにさらにその翌日。それはイアリアが借りた部屋の契約期限だ。予定通りそこで契約の更新を行わなかったので、本日からイアリアは宿無しとなる。

 それはつまり、ベゼニーカを発つ日が来たという事だ。結構な数の依頼を片付けたのは、移動に時間がかかっても良いようにである。

 もちろんこの日に合わせて護衛依頼も受けているので、イアリアは依頼人と合流する為に冒険者ギルドへと歩いて行った。


「……?」


 の、だが。何故か今日に限って、冒険者ギルドに守役騎士の姿が見える。遠目からそれに気づいたイアリアはフードに隠したその下で眉を顰め、少し周りを見回して……冒険者ギルドの建物の裏から、依頼人が手招きしている事に気が付いた。

 多少であっても顔見知りの方がいいか、と、アッディルからベゼニーカへ来る時も護衛を請け負ったその商人の場所へ、立ち並ぶ建物に隠れるようにして路地を通り、冒険者ギルドの正面を避けて移動したイアリア。

 何故かそのまま完全に裏手に当たる場所へ招かれると、そこには既に出発の準備が整った馬車があった。


「何、あれ。何か問題でもあったの?」

「さぁ? よく分からないけど、どうも何か探し人みたいだな。冒険者のお嬢さんはあんまり波風立てたくないだろ?」

「誰だって守役騎士相手に波風立てたいとは思わないわよ」

「まぁそりゃそうか」


 そこには冒険者ギルドの職員も揃っていて、カウンターではなくその場で依頼受諾の手続きをして貰うイアリア。どういう事だ、とその合間に依頼人である商人に聞いてみるも、こちらも心当たりは無いようだ。

 ……探し人、という単語から、心当たりがあれもこれもあるイアリアは顔をしかめたのだが、今日も変わらず身体を隠している雨の日用の分厚いマントとそのフードは、その動きをしっかり隠してくれた。

 何もやましい事は無い、とは言え、守役騎士が冒険者ギルドに来ている中で冒険者が街を出るのはいささか引っ掛かりかねない。恐らくそれは冒険者ギルドも分かった上で、冒険者ギルドと懇意にしているというこの商人も分かっている事だろう。


「まぁこっちとしても、お嬢さんが護衛を受けてくれて助かったんだけどな」

「……確か行き先は、南の港町だったわよね?」

「そうさ。海の魔物と戦いながら塩を作る街、カリアリだ。塩を大量に仕入れるならここが一番なんだよ」

「…………あぁ、なるほど。あの毒草関連ってわけ」


 大量の塩、と聞いて即座に思い当たったイアリア、フードの下で顔をげんなりとさせた。それは声にも出たが、正解! とばかり満面の笑みを浮かべる商人は気にした様子が無い。

 そもそもイアリアがここベゼニーカに来たのは、狂魔草というとびっきり性質の悪い毒草の処理に大量の塩と砂糖が必要で、田舎のど真ん中にあるアッディルでは砂糖はともかく塩の在庫が少ないから、その辺の調達が簡単で危険物の扱いにも慣れている、ベゼニーカの冒険者ギルド支部にその処理を任せる為の移送だ。

 そして1ヶ月の間砂糖もしくは塩に漬けておかなければならないという処理の手順は、その途中でその砂糖あるいは塩を交換する必要がある。ある程度の量をベゼニーカに任せ、その間に他の町から塩と砂糖をかき集めたとしても、その先に待つのは周囲一帯の塩と砂糖の不足だ。


「で、その不足した所に、安く仕入れた大量の塩を持ち込むという訳ね」

「塩は生きるのに必要な物だから、そんなに利幅は無いんだけどな。こういう時に働いておくと、後で別の形で返ってくるものがあるんだ。うちはそういう形の報酬を大事にする商会でね」

「そしてどうせなら、その必要性を知っている冒険者であれば、まじめに仕事をするだろう、と……」

「運ぶ方も事情を知ってる相手なら気楽なんだよ。どんなものでも、重大な秘密って言うのは神経を削るから。まぁ冒険者のお嬢さんなら仕事内容に関わらず、真っ当でありさえすればしっかりするだろうけどさ」

「当たり前よ。それこそ冒険者としての信用に関わるわ」


 はっはっは、と笑う商人。そしてそんな会話をしている間に依頼の受諾手続きが済んだようだ。冒険者カードを受け取ってカード入れに戻すイアリア。

 どうやら表ではまだ守役騎士が粘っているらしい。ご苦労様な事、と口の中で呟いて、イアリアは幌が追加された荷台へと乗り込んだ。


「それじゃあまたよろしくお願いするわね」

「こちらこそ。盗賊は何故か大分平和になったみたいだけど、魔物の脅威は変わらないからな!」


 もちろん心当たりのありまくるイアリアだが、無反応でスルーした。反応しても何も良い事は無いし、実質的に逃げ出す形ではあるが、悪い事をした訳ではないのだから。


「(全く、逃亡生活って言うのも不便な物ね)」


 なお、逃亡する必要が無くても、イアリアに名誉や名声と言ったものを求める欲は一切無い。どころか、そんな物は不要だと断じて、やはり同じように逃げ出していた可能性が高かったりした。

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