第26話 宝石は引っ込む

 ノーンズに疑われたイアリアだったが、流石に目の前の混乱を放置する訳にもいかない。だから、


「で? 疑われた結果長年放置されているだろう廃屋のような場所に、着の身着のまま放り込むのが元冒険者の「聖人」流って訳?」

「え、いや、それは」

「私は寝起きで飛び起きて、とりあえず靴をはいてマントを羽織っただけの格好でしかも一応女性なのだけど、それでも無理矢理放り込むのがあなたのやり方なのね?」

「流石にそんな事はしないけど!?」


 という方向で圧をかけて、まずは目の前の爆発現場への対処に参加。何とか無事鎮火させて、爆発で崩れた壁や吹き飛んだ家具がぶつかったり、炎と熱に当てられたりした怪我人の治療に入った。

 その際に「魔薬が大量にダメになったから、集中する為に離れた場所に籠る」と説明しておく。そして部屋に戻り、荷物を全て回収して部屋の中を最初に見た状態に戻した。

 で、大人しくノーンズについて「元鐘楼の離れ」とやらに移動しようとした。の、だが。


「おい、ノーンズ! お前、どういうつもりだ!?」

「僕だってイアリアがやったなんて思ってない!」

「だったら何でだ!」

「状況だけなら他に疑える人がいないんだよ!」

「だからってイアリアだけはあり得ないだろうが!?」

「じゃあ他に誰がいるって言うんだい!」


 ここで、何かを察知したらしいイエンスが殴りこんできて、双子で大喧嘩を始めてしまった。なお、現在は明け方間近の、夜を徹して酒盛りしていた人間も眠りに落ちる時間であり、一番寒い時間でもある。

 ちなみにこの双子の「聖人」の守護騎士になった元冒険者パーティのメンバーである4人は、全面的にイエンスの味方であり、喧嘩を煽る事こそするが止める気は一切無いらしい。

 頭が痛い、というようにフードを下ろしたまま俯いたイアリアだが、流石にここで揉めていても何の解決にもならない。と言う事で、まず守護騎士の4人の説得にかかった。


「……信じてくれるのは嬉しいのだけど、流石に殴り合いの喧嘩になるとは思っていないのよ」

「大丈夫。イエンスが殴らなきゃ俺らが殴ってたから」

「肝心なところでやらかすノーンズが今の状況で出した判断が正しい訳がない」

「今までの行いだな」

「自分は神の力が効かないからって調子に乗ってたまであるんじゃない?」

「喧嘩中で本人には聞こえないからって好き放題言うわね?」


 ……中々に辛辣な意見であり、正直に本音を言えば、イアリアも全面的に同意だった訳だが。

 それでも何とか、大喧嘩を横に、混乱から抜けておろおろしている神官達も引き合いに出して説得に入る。何なら、魔薬の調合に集中できるのは自分としても助かる、とまで添えた。何しろ魔薬は倉庫ごと、一度全滅したのだから、と。

 その後も色々と話し、途中から秘密の相談になった上で、「元鐘楼の離れ」の入口を壊してでも通行可能にする、という条件を付けて、ようやく4人は双子の喧嘩を止めに入ってくれた。


「全く……」

「あの、イアリア様……?」

「あぁ、あれね」


 で、その様子を見て混乱が深まっていた神官達には、こちらにはイアリアから説明を入れておく。ついでにこちらにも色々と相談し、魔薬についても話して、「元鐘楼の離れ」の入口を最悪壊してもいいか、という許可を取っておいた。

 その流れで「元鐘楼の離れ」が使われなくなった経緯を聞いたイアリアだが、どうやら水の流れによって、あの「元鐘楼の離れ」の周辺だけ地盤が緩いのだそうだ。だが井戸に作り替えようにも、建物自体が頑丈に作られている。「元鐘楼の離れ」を解体して井戸を設置する、というのは大工事になり、それだけの資金が無かったから、今まで放置されていた、との事だったらしい。

 水の流れね、と口の中で呟いたイアリアだが、そこに何か言葉が続く前に、イエンスとノーンズの大喧嘩が止められたようだ。


「イアリア、このバカのいう事なんか聞く必要ないからな!」

「イエンスにだけはバカとか言われたくないんだけど!?」

「今のお前をバカ以外にどう言えって言うんだよ!」

「殴り合い出来なくなったからと、言葉で喧嘩を続けるのは止めなさい」


 まぁその後もしばらく双子の喧嘩は続いていたようだが、イアリアは処置無しとして、自らさっさと「元鐘楼の離れ」へと移動していった。

 もちろんその扉は、この場所が良くない理由である湿気の為に歪み、錆びつき、全く動かなくなっているのだが……イアリアは既に、教会の神官達から、扉を壊してもいいという許可を得ている。

 なのでその方法は、少し離れたところから、爆発する魔薬の小瓶を投げつける、という、割と力業だった。


「……私の魔薬は延焼しない。その程度の事を、ノーンズが忘れている訳もないでしょうに」


 ――その爆発音に紛れさせた呟きは、当然、誰にも聞き取る事は、出来ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る