第25話 宝石は疑われる

 規模が大きい方に属する教会と言えど、倉庫が何か所もある訳ではない。もちろん1つきりという訳でも無いが、イアリアが魔薬を運び込んでいたその倉庫は、魔薬の保管に適しているという点で分かる通り、比較的教会の内側にあった。

 そこで爆発が起こったのだから、周囲への被害も甚大だ。倉庫に近い部屋で寝泊まりしていた神官も、神官見習いもいる。灯りが倒れたのか、火の手も上がっているようだ。

 教会そのものは石造りだが、その内部には燃えるものがたくさんある。紙やタオルのような生活に必要なもの、包帯のような治療に必要なもの、ベッドにはシーツがあり、扉だって木製だし聖書だって紙の本だ。


「……酷いわね」


 爆発が起こったのは、遅い日の出の前だった。それでもちゃんと寝ていたイアリアは爆発音に目を覚まし、同じく飛び起きたのだろう神官達に一歩遅れる形で現場となった倉庫近くに来て、壁が崩れて近くの部屋にあったものが燃えている、その状況を確認した訳なのだが。


「で。これは、どういうつもりかしら? ノーンズ」

「……僕だって、こんな事はしたくなかったよ」


 消火、救助。そういう急がなければならない対処に参加しようとしたところで、後ろから首筋に、今日も深く下ろしたフード越しに尖った物を添えられて、動きを止めた。

 そのままかけた確認の声には、酷く苦々しい返答があった。こんな事はしたくなかった。それは間違いなく本心だと分かる声だ。普段は爽やかな笑顔に隠し、繕い、滅多に本心を見せる事のないその人物……ノーンズにしては、非常に珍しい。

 イアリアは動かないまま正面、つまり爆発が発生した周囲の状況を見ているが、その中にノーンズの元パーティメンバー、現在は守護騎士となっている4人と、双子の兄であるイエンスの姿は無い。


「でも。こんな大爆発を起こせるのなんて、君の魔薬ぐらいだろう?」

「否定はしないわ」


 イアリアに分かる気配は、自分の後方には1人だけだ。つまり今、「聖人」になったノーンズは、単独で行動しているという事になる。では後の5人は、とイアリアは思考を巡らせるが、それより、ノーンズが次の言葉を続ける方が先だった。


「だったら。……絶対にそんな事は無いって思いたいけど、でも、一番怪しいのは、君じゃないか」


 まだ神官達は、イアリアとノーンズには気付いていない。それはそうだ。煙もかなり充満しているし、想定外の爆発が起こって混乱しているのは間違いない。パニックを起こして、二次被害を出していないだけ上等だろう。

 そしてその状況の中で、爆発「程度」で揺れるような平常心は持っていないイアリアは、その言い分に、ふむ、と小さく息を吐いて。


「珍しくあなたにしては穴だらけで、結果ありきの結論ね、ノーンズ」

「……否定はしないのかい?」

「否定したところで、あなたが信じなければ意味は無いでしょう? 最初から、私を疑うつもりであとの5人も遠ざけていたのでしょうし?」


 そう問い返した確認に、返事は無かった。すなわち、その通りだという事だ。

 だがイアリアとしても、全くイアリア本人の性格を知らない第三者がこの状況だけを見た場合、確かに自分が真っ先に疑われる、というのは理解が出来た。理解しただけで、そんな事はあり得ないとも思っていたし、強引で無理な結論だとも思っていたが。

 当たり前だ。イアリアは、精神に干渉して思考を捻じ曲げる邪神を心底から嫌っているし、その依り代に敬愛する姉が狙われ、そのせいでその姉が故人となったという点で、絶対に邪神も邪教も許さないと、煮えくり返って全く納まらない、激しい怒りを抱え続けている。

 そんなイアリアが、邪教に対抗する為に絶対に必要な教会に、ダメージを与える訳がない。それは、この王都の教会に居る神官達ですら分かる事だ。よって、結果ありきの結論、という表現をイアリアは使った。


「……じゃあ、他に誰がいるっていうんだい。今のこの場所で、この状況で、あんな爆発を起こせる誰かが」

「私が聞きたいわよ。花火に手を出した誰かさんと同一人物のような気はしているけれどね」

「それこそ、決めつけじゃないかな?」

「じゃあもうちょっと真面目に犯人捜しをしなさいな、「聖人」様」


 喧嘩を売られた場合、イアリアは容赦しない。しかし、今の状況でただ時間を浪費する訳にもいかない。

 だから、仕方なく、という感じで、イアリアはとりあえず一旦、折れる事にした。


「で? 疑われた私は、地下牢にでも行けばいいのかしら?」

「流石にそれは、ね。貢献しているのは間違いないし、魔薬は必要だ。……離れで軟禁。それが精々だよ」

「……。この教会、離れなんてあったかしら?」

「あるんだよ」


 イアリアの後ろから刃を突き付けたまま、ノーンズは苦さも引いた、淡々とした声で告げた。


「裏手の端に、小さい塔がね。昔は鐘楼だったっていう、今は扉の鍵が壊れてて、上から梯子を使わないと入れない。……軟禁にはぴったりの場所が」

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