第37話 宝石は出ていく

 誰の差し金なのか、途中で新しい魔物(魔獣)の死骸が運び込まれていて、それも鑑定させられそうになったが、イアリアが最初に解体台が全て埋まっている事と、自分がどこの解体台で魔物(魔獣)の鑑定をしたかをしっかりと覚えていたので、契約ぐらいは守りなさい、と一蹴していた。

 そんな事をしている間に、イアリアはギルドマスターだろう謎の、声からすると若い男と思われる人間の考え方がどういうものかを大体察して、フードの下で顔をしかめたりしていたが。

 それでも冒険者ギルド本部の解体部屋は大きい。激しい戦いの中で回収されたのだろう魔物(魔獣)の死骸の状態は酷く、イアリアをもってしても正体不明な、というより、元の形が何だったのかすら分からないものも多かった。


「ところでアリア様」

「悪いけど、休憩させてもらうわ。一周したでしょう? ここで一度終わりの筈よね」

「分かりました」

「あと、鑑定を頼むのなら、せめて骨格と目立つ部位は分かるようにしておいて頂戴。流石に踏み潰された肉の塊を見せられても、その正体は分からないわよ」


 そんな状態だったから時間がかかったし、そもそもの数が多い。だからイアリアは外を確認し、夕方とは言えないが、それなりに日が傾いているのを確認して、作業の中断を宣言した。

 とはいえ、冒険者ギルド本部である建物の外に出ようとすれば、圧力がかかるのは間違いない。どうするか、と少し考えたイアリアは、食堂スペースに戻り、その隅っこの席に座って、自分で持ち込んだお茶とお菓子を食べる事にした。

 まぁお茶と言ってもジャムのようにしたものを水に溶かすものだし、お菓子と言っても保存食だった砂糖漬けの残りを生地に練り込んだクッキーだ。見た目にはそんな優雅な事をしているようには見えない。精々、保存食を食べながら休憩しているようにしか見えないだろう。


「(ま、非常食の1つであるのは確かだけれど)」


 しかもイアリアの場合屋内でも雨の日用のマントに全身を隠し、そのフードをしっかりと下ろして、その下で食べている形になる。忌憚なく言えば、食べ方の時点でマズそうなのだ。

 実際は砂糖漬けだけでなくバターもしっかり使った高級品と言えるものだし、お茶だって薄めて丁度いいように、ジャムのように固める為に専用の魔薬を開発したものである。兄弟子であるジョシアが見ていれば「ほんとそう言う所だよイアリアが師匠にそっくりなの」とでも言うだろう。

 休憩であり、張り詰めた気を緩める為の時間なのだから、のんびりと。しかし状況が切羽詰まっているのは分かっている為、短時間で。ついでに言えば、解体台に乗せられている魔物(魔獣)の死骸を入れ替える作業が終わったタイミングで戻るのが一番良い、と考え、結果として10分程度で休憩を終わりにして、席から立ち上がったイアリア。


「――アリア様! こちらにおられると聞きましたが!」


 そこに、冒険者ギルド本部の入口から、そんな声が響いてきた。イアリアにも聞き覚えがあるその声は、王都の教会にいる神官の1人だ。

 空気が一気に緊迫する。何故なら神官がイアリアこと「冒険者アリア」を探している、という事は、王都の教会で何かがあったという事だからだ。そして現在、一般住民の避難が終わった王都内部では、謎の襲撃者推定邪教信者が隠れ潜んでいる。


「スタンピードへの防衛協力として出向いていた神官5名が、怪我人を装って臨時の治療所へやってきた3名の人物に切りつけられました! 辛うじて致命傷は避けたようですが、全員以前ニコラ神官が受けたものと同じ刃物で切られたと思われます! どうか治療の手伝いをお願いします!」

「すぐに戻るわ」


 そして、恐らくは取りなして穏便に話を聞こうとした冒険者ギルドの職員を振り切る形で、その神官は声を張り上げた。犯人についての情報も無ければ、怪我の厄介な点も「ニコラ神官が受けたもの」を知らなければ分からない。

 だが知っていれば、現在の状況がどれほどまずいかはすぐに分かる。5名があの怪我を負った、つまりブラッドリーチをまぶした刃による、血が止まらず塞がらない傷を負っているなら、今王都の教会に残っている神官だけでは文字通り手が足りない。

 なおかつ臨時の治療所、魔物(魔獣)の群れと戦闘を行っている最前線に一番近い、命を繋ぐ為の場所でそんな事が起こったという事は、守役騎士ないし冒険者ギルド側の不手際であり、失態だ。


「あ、アリア様! 依頼の途中で出て行かれると、規約違反に――」

「そんな規約、私は知らないわ。そもそも魔物の鑑定は一度完了しているし、次は受けていない。魔薬を納品する依頼は受けているけれど、あれは期限が無かったでしょう? 何の問題があるのかしら」

「ですがっ! あなたを冒険者ギルドから出すなとギルドマスターが、っ!?」


 ……やはりか。と、思うより早く。イアリアはカードケースから冒険者カードを取り出し、ゴミでも放るように、言いつのる冒険者ギルドの職員に投げ渡した。その間にイアリアは冒険者ギルドの本部を出る。


「今の状況で、私の事を便利な駒だとしか思えないような大馬鹿貴族・・・・・の命令になんて従ってられないわよ。そもそも、冒険者は「自由」のみを自らの上に置くものでしょう」

「え、あ、し、しかし……」

「――その冒険者を支援し・・・守る・・為の組織が、冒険者を支配してどうするのよ。そんな組織、こっちから願い下げだわ。冒険者なんて辞めるから、私の口座にあるお金は、1週間以内に王都の教会へ届けて頂戴。もちろん、現金でね」


 そして最後にそんな言葉を投げつけて、イアリアは冒険者ギルドの本部を後にした。

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