第36話 宝石は頼まれる

 その後、作業を一区切りさせたイアリアは一旦1階に降りて、受付カウンターとは場所が離してある食堂スペースで昼食をとった。今後もまだまだ魔薬を作る可能性が高い上に、正直何が起こるのか全く分からない。だから、がっつりと量のあるメニューを選んでおく。

 ただその後でまた作業台の階へ戻ろうとしたイアリアを、冒険者ギルドの職員が呼び止めた。そして何故かそのまま、魔物(魔獣)の解体を行う部屋へと誘導される。

 そこに並んでいたのは、控えめに言って散々な状態の魔物(魔獣)の死骸だ。もっともそこに集まっていた冒険者ギルドの職員や、解体を行う職人から言わせれば、まだマシな状態なのだそうだが。そしてそれらを前にしてイアリアが頼まれたのは、魔物(魔獣)の鑑定と、可能な限りの生態や生息域に関する説明だった。


「冒険者ギルドには、魔物の生態を調べる事を専門としている人だっているでしょう」

「鐘が鳴らされるほどのスタンピードの場合、王城に避難する事になっていまして」

「じゃあそっちに問い合わせなさいよ」

「既に問い合わせていますが、何故か道中で襲撃を受ける為、時間がかかっています」

「……避難は完了したんじゃなかったの?」

「どうやら隠れていたようで、探している筈の守役騎士も襲われたという報告がありまして……」


 何故かではなく、邪教の仕業で間違いない。と、イアリアは内心で断言していた訳だが、そう伝える冒険者ギルドの職員は、不可解だ、という顔をしている。邪教について知らされていないのか、そこまでする訳がないと高をくくっているのか。

 どちらにしても、イアリアがここに引っ張り出されるいわれは無い筈だ。はっきり言えば、専門外である。それでなくても魔薬の作成で忙しいのに、あの舐めた態度を取ったギルドマスターはどこまで便利に使うつもりなのか、と、押し込めた怒りが表に出そうになるイアリア。


「言っておくけど、私は魔薬師よ。この作業をしている間にどれほど魔薬が作れたかは分かるわよね」

「存じております」

「魔物の鑑定なんて専門外だわ。間違っている可能性だって大いにあるけど、情報の裏取りや検証もせず鵜呑みにした結果被害が出ても私は悪くないわよ」

「当然でしょう」

「専門の研究者がいるんだから、その知識というのは最悪値段がつけられないとも知っている筈よね?」

「名前、生態、本来の生息域、その他いかなる情報も、それぞれ別の情報として固定の最低価格をつけた上で有用だった場合はさらに上乗せして買取、という形になります」

「依頼にして貢献値も大幅に色を付けてくれなきゃ割に合わないわ」

「分かりました」


 なので、諸々条件を吹っかけた訳だが、それを吹っかけられた冒険者ギルドの職員は、あっさりとその全てを飲んだ。もちろんイアリアとしては、手の上で転がされているようで面白くない。

 もちろん素早く用意された指名依頼の依頼票も隅から隅まで確認したが、イアリアの要求は全部通っていて、それ以外に付け加えられた条件は無かった。強いて言うのであれば、その鑑定するべき魔物(魔獣)の数の上限が無かった事ぐらいだろうか。


「……今ある分で一旦依頼は止めてもらうから。追加する場合は、別の依頼として扱って頂戴。もちろん条件は同じで。私だってご飯も食べたいし眠る必要だってあるのよ」

「そのように手続きをしておきます」


 それに対する条件もきっちり付けくわえ……もちろん延々と働かされるのを防ぐ為である……修正された依頼票をもう一度隅まで確認。

 こちらから追加した条件以外の変化が無い事を確認し、イアリアはようやく依頼票にサインをした。そして、しっかり雨の日用の分厚いマントと、そこについているフードの位置を直し、顔から体の線まで自分の姿を隠す。


「私は作業を中断させられているのよ。さっさと済ませて戻らせてもらうわ。――聞き取れなかったとしても、2度目の説明はしないわよ」


 そこに集まっていた人達にそう宣言し、まず手近な、元は兎だったと思われる魔物(魔獣)の死骸へと近づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る