第35話 宝石は聞く
深夜から始まった王都住民と旅行客の避難は、どうやら昼前までには完了したらしい。
イアリアがそれを察したのは、外のざわめきから一般人の声が無くなったから、ではなく、冒険者ギルドの職員から、避難対象者の中で最後まで残っていた「聖人」とその守護騎士も、王城へと避難した、という話を聞いたからだ。
「……。避難対象者の中で、という事は、教会に残っている人もいるのね?」
「えぇ。元々教会にいた神官の皆様は残っておられますね。ここ冒険者ギルドの本部と同じく、万が一市街戦となった場合の拠点となる場所ですから」
自分で構築、維持している魔法ならばともかく、流石に魔道具に魔石を供給しているだけなので、結界に反応があったかどうかは不明だ。だからイアリアがその言葉の真偽を判断する事は出来ないが、ここでそんな嘘を吐く理由も見当たらない。
「まぁ正直な事を言いますと、『シルバーセイヴ』の中核メンバーには参加して頂きたかったのですが」
「正直に言い過ぎよ」
魔薬が運び込まれる先は変わらない。だからイアリアは、そろそろ瓶そのものにも細工をして、もう少し追跡できる時間を伸ばそうかと割と本気で検討していたのだが、流石に続いた言葉には注意を入れずにいられなかった。
何故ならそれは、あの双子を「聖人」に、その冒険者パーティのメンバーだった4人を守護騎士に認定した教会と冒険者ギルドが、決定的な対立をしかねない内容だったからだ。
だが同時に、それほどまでに、現在王都の外で発生している防衛戦が苦戦している事を示しているものでもある。そもそも今も続いている戦いは、今日の夜中から始まっているのだ。もちろん交代もしているだろうが、人間というのは、そこまで長時間戦闘を続けられるものではない。
「……そんなに苦しい訳? 王都の戦力で夜中から今まで戦っていて、それでもまだ殲滅しきれてないって時点でおかしいのだけど」
「それが、どれほど倒しても終わりが見えず、魔物の死骸がその場に残って積み上がる事で、徐々に魔物の攻撃も届くようになってきているようで……」
「燃やす訳にはいかないの?」
「ファイアラットがスタンピードの群れの中に居るという報告がいくつも上がっているので、大規模な火は使えません」
なおファイアラットとは、炎に触れるとそれを吸収し、増殖するという特性を持つ魔物(魔獣)だ。その増殖スピードは炎の規模が大きいほど早く、それこそ、王都を囲む壁の上にまで攻撃が届くほど山積みになった魔物(魔獣)の死骸を燃やそうと思えば相応の火力が必要で、それだけの炎を吸収されれば、大増殖するのは避けられないだろう。
ファイアラット自体は魔物(魔獣)の中では小型だが、それでも人間の赤ん坊程度はある。炎の気配を探してそちらに移動し、近くの生物には何でも噛みつくという生態をしている為、人里の近くで出現すると、被害が跳ね上がりやすい。何より、数は力なのだ。
なお、魔法であれば「吸収できない炎」という条件を付け加える事である程度吸収を防ぐ事も可能だが、それよりは一瞬で何もかもが蒸発してしまう程の高熱を作り出し、一気に一掃した方が早くて確実となる。
「……ファイアラット?」
「えぇ。赤い毛皮を持つ、赤ん坊程度の大きさの鼠です。夜の間に何度も松明に向かってとびかかって来たらしく、今も少し離れたところにかがり火を維持して、ファイアラットを優先して倒しているようです」
なのだが。
「ファイアラット自体は知っているけど……なんでそいつが、こんな冬の寒い日に、それほどの数が出て来てる訳?」
「え」
「ファイアラットの生態も知らないの? あのデカネズミ、冬の間は住処から出て来ないのよ。寒さに弱いから。炎を吸収して増殖するからかは知らないけど、氷水をぶっかけたらそれだけで死ぬのよ、あれ」
「そうなんですか!?」
「なんで魔物に詳しくなければいけない筈の、冒険者ギルドの職員が知らないのよ。というかそれを言うなら、ファイアラットの生息地は東の火山を有する山脈の奥地か、それこそ南の大陸よ」
ちなみにイアリアの知識は、魔法使いを育成する為の学園で詰め込んだものであり、魔法使いとは1人残らず国に軍人として召し上げられる。
学び舎及び知識の集積としては間違いなく最上位に位置する場所で、その上澄みを頭に叩き込んだ結果なのだから、どこまでが「普通」なのかは大いに疑問の余地が残る訳なのだが。
「こんな場所のこんな時期に発生したスタンピードに混ざってる訳がないのよ。……自然に発生したスタンピードならね」
今重要なのは、イアリアは薄々予想していたものの、このスタンピードが、完全に人為的なものである、という事が、確定した事だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます