第38話 宝石は警戒する

 ガランとした王都の中を、イアリアは地下通路で使っていた浮遊する木の板を使って高速で移動した。教会に辿り着いた時には、イアリアを呼ぶために決死で走り抜けてきたのだろう神官がちょっとぐったりしていたが、少し休んで治療に参加していたので、たぶん大丈夫だろう。

 イアリア自身もすぐに口元を覆い、薬防眼鏡を取り出してかけて、治療……ブラッドリーチの取り出しに参加した。腕でもより肩に近い位置や、胸元を切られていた為、止血にも限界があったからだ。

 流石にそんな事があって神官自身が最前線に残る訳にはいかず、代わりに教会が保有する傷を癒す魔薬を置いて来たのも神官達の焦りの1つだっただろう。傷を癒す奇跡を願えるとはいえ、それだって何度でも願えるものではない。


「……全員、一命はとりとめたわね」

「ええ、何とか……」


 間に合って良かった、と続いたのは、当然の事だろう。もちろんイアリアはすぐにブラッドリーチ用の虫下しを調合し、被害を受けた全員に飲ませた。傷を癒す魔薬も、とりあえずという事で、内部空間拡張機能付きの鞄マジックバッグから出しておく。

 その頃には既に、短い日はほとんど沈んでいて、夜の闇が王都を覆いつつあった。イアリアは一度「元鐘楼の離れ」に戻り、諸々確認しつつ、結果として大量消費する事になった、傷を癒す魔薬を作る作業に入る。

 冒険者ギルドに納品した傷を癒す魔薬では不足か、という懸念もあったのだが、イアリアは冒険者ギルドで見た冒険者の数を含めた総合戦力を考え、少なくとも1日程度は大丈夫な量がある筈だ、と判断した。それぐらいの数の魔薬を作ったとも言う。


「そういうところにも、「魔薬師にはとりあえず魔薬を作らせとけばいいか」っていう雑な認識と侮りが見えるのよねぇ……」


 という呟きが零れたのはともかく。

 作業中にまたクッキーを齧る事で夕食という事にしたイアリア。昨晩は夜中に呼び出されて飛び出し、明け方に仮眠を取っただけなので、正直かなり眠い。それでも作業をしていたのは、作業にかこつけて「元鐘楼の離れ」に籠る為だった。

 ノーンズ達はとっくに避難先である王城へ移動している。その時子供達も連れて行った筈なので、今王都の教会には、子供達の引率役としてついて行った数名が少ない神官しかいない。

 邪神の信徒が跋扈している状態にある王都で、それでもこの教会が無事だったのは、イアリアが「元鐘楼の離れ」を改造して作った、敵味方識別が出来る堅固な結界のお陰だろう。効果は今まででも既に出ているし、間違いなく、邪神の信徒だけは弾き出せる。


「……仕掛けるとすれば」


 そう呟いて、しかし続きは自分の頭の中にしまっておいたイアリア。結界において安全が確保されている今の状態であっても油断していない、あるいは、自身で確保した筈の安全を信用していない。そういう事だった。

 慎重に、厳重に。自らが用意した手札を確認しながら、作業を進め、日がすっかり暮れて深夜も近く、本来であれば、新年を待つカウントダウンをする為に、一際賑わっていただろう時間になった頃。


「……」


 コンコン、と、「元鐘楼の離れ」に、簡易的に取り付け直された木の扉を叩く音が聞こえた。

 もちろんイアリアは即座に魔薬を抜き撃てる態勢に入る。何故なら教会関係者であれば、ノックと同時に名乗るからだ。そしてそれ以外の人間は、少なくとも現時点で教会の敷地内にはいない筈である。

 そして材料不足とその他諸々の要因の都合上、邪神の信徒を弾く結界は、中にいるものを外へと弾き飛ばす効果までは無かった。なおかつ、保管されていた花火への着火。倉庫と、イアリアが使っていた部屋の爆破。これらの犯人は、内部犯である可能性が高い。


「おねえちゃん、あそんでよ。いるんでしょう?」


 聞こえたのは、幼い少女の声。

 そう。教会に併設された孤児院には、いたのだ。

 ――黒髪黒目で、その身に魔力を有する、邪神の依り代となり得る条件を備えた少女が。

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