第39話 宝石は問答する
イアリアが応答する事は無い。しかし頭の中では最悪の事態……この教会に残った神官達の、生命的な意味での全滅まで考えて、どう動けばこれ以上の被害を減らせるかと思考していた。
同時に、神官達でこの犯人を見つけるのは無理だったとも思ったし、狙いが今一よく分からなかったのも納得していたが。まさか、イアリア自身がモルガナの姿をしただけの偽物を見て下した「馬鹿」の評価が、邪神そのものに適応されるというのはちょっと意外だったからだ。
とはいえ、完全な想定外という訳ではない。あの偽物は、間違いなく邪神の依り代だった。という事はあの言動は邪神のものである筈なので、正真正銘の幼児だってもうちょっと聞き訳が良いだろう振る舞いは、邪神が相応の知能しか持ってない、という事を示している。
「ねえ。おねえちゃん。みんなねちゃったから、あそんでよ」
まぁそれでも、この期に及んで未だに普通の子供のふりをするのはどういう事だ、と、まだちょっと理解できない部分はあったのだが。
とはいえ現在、少なくともイアリアが護符作りの現場で見ていた時は普通の子供だった少女は、邪神の依り代になっている。いつから依り代だったのかは分からないが、避難について行かずにこの場に留まった時点で確定だ。
ただしその力は間違いなく本物なので、イアリアはいつでも、少なくとも見た目はあの少女のままだろう邪神の依り代を、それでも吹き飛ばせる準備をした状態で、扉の向こうへと返事をした。
「皆眠っているのは、それはそうでしょう。もう夜になっているのよ。子供は大人しく寝なさいな」
「おねえちゃんはおきてるよ」
「私だって眠いし、あと1箱分魔薬を作ったら寝るわよ」
「あそんでよ、おねえちゃん」
「日が昇ってからね」
ま、邪神が普通の大人程度の知能を持っていたら、今までのあれこれがもっと悪辣で救いのない結果になっていた可能性は高い。万が一、依り代にした相手の頭脳をそのまま使えていたら、恐らくは天才だっただろうモルガナがそのまま敵に回るという事に等しく、その場合はこうして抗う事すら出来なかっただろう。
敵の知能が低いのは歓迎するべき事だ。何故ならもっとも片付けやすいのは、無能な敵なのだから。その振るう力がどれほど強力だとしても、使い手がお粗末ならばいくらでも付け入る隙はある。
「なんであそんでくれないの?」
「夜は寝る時間だし、私も眠いし、そもそも明日は新年祭よ。眠さで参加できなくていいの?」
「あしたなんてこないよ」
その、邪神自身の付け入る隙を潰しているのが邪教の信徒であり中核となっている人間なのだろうが。と考えたところで。
「もうおわったよ。ぜんぶおわったの。まちをまもるきしだんのひとたちも、ぼうけんしゃのひとたちも、みーんな。きょうのあいだにしんじゃうの」
「……」
「おねえちゃんがまちのそとにさしてたくいも、ぜんぶぬいちゃったから、もうなにもできないよ」
「……」
「「わたし」にやさしくしてくれたから、しんかんのひとたちは、ねむらせるだけにしたけど。でも、あしたはないの」
イアリアが無言で聞いたその内容は、間違いなく邪神によるもの。可能な限り目撃者がいない状態で、頭が地面の下に潜るまで深く埋めた杭の事もばれている。
けれどイアリアはその、ある種おぞましい言葉の中に、1つの救いがある事を知って僅かに息を吐いた。それは、この教会に残った神官は、眠っているだけで生きているという事だ。
だからダメ押しの為に、イアリアは確認しておく。
「ねえ邪神。あなたが今依り代にしているその子は、生きているのかしら」
「いきてるよ。しんでたらうごかしにくいの」
「そう」
そして現在依り代になっている少女も生きている。流石に最前線の事は分からないが、少なくともまだ防衛戦は終わっていない。つまり、全滅はしていない。
そこまでを確認し、まだギリギリ、それこそ一般住民や自分の顔見知りに被害が出ていない、と判断したイアリアは。
「なら、問題なく明日は来るわね。良い子は寝る時間よ。あなたは良い子じゃないようだけど」
は、と、嘲笑の形に息を吐いて、そう告げた。
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